さらなる省エネ・省CO2が住宅の重要なテーマとなる寒冷地。 本企画は、独自の視点から住宅性能研究の最前線を開いている、東京大学の気鋭の研究者・前真之准教授に、「いごこちの科学」をテーマに、住まいの快適性能について解き明かしていただきます。 シーズン1に続く第2弾として2015年からは、それまでの連載の発展形「いごこちの科学 NEXT ハウス」としてリニューアル。
「北海道・寒冷地の住宅実例から考える室内環境について」をテーマに、断熱、開口部、蓄熱など、さまざまな視点から寒冷地における室内環境の改善ポイントを解説しています。
建築学専攻・准教授
前 真之 (まえ・まさゆき)
昨今、最新の省エネルギー住宅の形として、ゼロ・エネルギー住宅、通称「ZEH(ゼッチ)」という言葉が多く聞かれるようになりました。ゼロエネというと、全くエネルギーを使わない、すごい住宅のように聞こえます。省エネルギーや地球環境が大きな問題となる中、世界中でゼロ・エネルギーに向けた取り組みが行われています。今回はこのZEHについて、日本の実情と世界の事例について一緒に考えていくことにしましょう。
日本版ZEHのスペックを確認しよう
平成24年より、経済産業省と国土交通省は補助金を出して、ZEHの普及を促進しています。せっかく家を建てるならZEHにしてみよう、と思う人も少なくないでしょう。まずは日本でZEHとされる住宅の必要スペックを見てみましょう(図1)。
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日本のゼロ・エネルギー住宅では、①断熱 ②高効率設備 で削減した1次エネルギー消費量を、③太陽光発電 の発電量が上回ることが求められています。ただし、求める断熱レベルが低めで1次エネルギーの削減率も20%と小さく、また家電分のエネルギー消費を除外していることから、必ずしもハイスペックなZEHとはいえません。
住宅の省エネルギーは主に、「①断熱による暖冷房負荷低減」「②高効率設備による省エネ」「③太陽光発電などによる再生可能エネルギー活用」の3つに分けられます。
①の断熱については熱の逃げやすさを示す外皮平均熱貫流率UA値の上限が地域ごとに定められています。また①の断熱と②の高効率設備を組み合わせることで、住宅の1次エネルギー消費を20%以上削減することが求められています。そうして残った1次エネルギーを、③の再生可能エネルギーで100%以上カバーできれば、めでたくゼロ・エネルギーと認められるのです。
ゼロ・エネルギー住宅というと、外からのエネルギー供給が不要な「すごい家」のように感じます。この日本版ZEHの実力とはどの程度のものなのでしょう?
ZEHはすごい省エネの家?
結論からいうと、その実力は残念ながら大したものではありません。ちょっと省エネをがんばってPV(太陽光発電)を載せた、という程度でしかありません。
まず、1次エネルギー削減率20%という数字はかなり控えめです。過去にZEHに採用された物件を見ていると、多くの物件で削減率は4割・5割に達しています。
東京などの温暖地を想定した計算結果を図2に示しました。外皮の断熱性を規定ギリギリのUA値0.6としたまま、暖冷房は高効率エアコン、潜熱回収型ガス給湯機(エコジョーズ)と節湯水栓少々、照明は白熱灯以外としておけば、1次エネルギーは簡単に20%以上削減できます。正直、筆者も拍子抜けするほど簡単です…。
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建築研究所のH28省エネ基準対応のWEBプログラムZEHの達成に必要な1次エネ削減量と必要な太陽光発電の容量を試算してみました。東京などの温暖地であれば、ZEH規定ギリギリのUA値0.6に、高効率なエアコンや潜熱回収型ガス給湯器などのごく低コストな対策で、1次エネルギー20%削減は容易に達成できます。家電等の消費エネルギーは考慮しないので、必要な太陽光発電の容量も小さくて済みます。カッコ内は経産省ZEH事業の補助金額を示します。断熱を強化(UA値を20%以上低減)した場合(右列)には採択が有利になるとされています。ただし部分間欠暖房を想定しているので、省エネ効果自体はかなり小さく見積もられています。
残ったエネルギーは太陽光の発電で補うことになりますが、ここにも1つトリックがあります。それは、ZEHで計算対象とする用途は「暖房・冷房・換気・給湯・照明」だけであり、家電などの「その他」は考慮しなくてよいのです。そのため住宅全体のエネルギーを太陽光で賄えなくても、ゼロ・エネルギーと名乗れるという不思議な状態になります。海外のZEHでも家電を考慮しない場合は確かに多いのですが、それにしても日本では家電の消費電力が多いと言われていますから、ちょっと問題です。
この家電以外の消費エネルギーをまかなうためには、4.8kWの太陽光発電で十分です。新築で設置される住宅では標準的なサイズですし、太陽光発電の価格低下と相まって大したことではないといえます。
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