産業革命以降、家具を含むプロダクトデザインの分野では科学技術の進歩とともに新しいデザインが次々と生まれた。
木製品の場合も同様で、木を加工する場合、削り出しから始まり、木を曲げる技術へと進化する。その初期のものとして橇(そり)がある。木を下加工した後、大きな釜で煮て木の可塑性(かそせい)を利用して曲げるのである。また、曲げ加工の高度な技術が確立されたのは家具の分野であった。
現ドイツのボッパルトに生まれたミヒャエル・トーネットは宮廷専属の家具職人であった。独立すると産業革命によって都市部の人口が増加。その人達の家具の需要を見越して、それまでのオーダーメイドの家具からレディメイドの家具、つまり大量生産の家具を考案したのだ。そこで生まれたのが曲木製の椅子で、1857年に発表されたモデルNo.14の椅子は現在も生産されており、これまでに2億脚以上が販売されたと言われている。この椅子の初期のものでは薄板を膠(にかわ)で張り合わせて曲げていたが、やがて無垢板を蒸気熱で蒸して3次元に曲げることに成功、量産を可能にしたのである。
トーネットの曲木椅子は線的構造であったが、やがて積層合板を使った面的構造の椅子が考案され、大きな曲面を曲げる技術が開発されていった。その代表的な例としてジェラルド・サマーズによる1枚の積層合板に切れ込みを入れ、曲げ加工を加えることで椅子の各パーツを生み出すワンピースチェアである。
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今回紹介するフィンランドの巨匠、フーゴ・アルヴァ・ヘンリク・アアルトの名作、パイミオチェアも面的構造の代表的なものであろう。大きな曲面のシートとサイドフレームからなるユニークな椅子である。2つのサイドフレームとシート部分は、いずれも一つの方向にのみ曲げられた2次元曲面で構成されている。パイミオに建設されたサナトリウム(結核療養施設)の設計コンペティションで1位を取った施設とともにこの椅子は設計された。その設計とともに、そこで使われる家具や設備類もすべてアアルトが手がけることになったのである。
結核病の患者には胸を広げて呼吸をしやすくすることが求められたため、この椅子に掛けると自然にその姿勢になるのだ。しかし、健常者には必ずしも掛け心地は良くない。最も荷重のかかる座面は、背の部分と比べ数ミリ厚い不等厚成形となっている。また、背には水平に4本のスリットが入っているが、これは丸鋸で切れ込みを入れただけで、それらの両端は丸鋸の跡がそのまま残されている。また、時にはスリットを入れ忘れたものもあり、フィンランド人のおおらかさには驚かされる。
2つのサイドフレームはすべてがつながっており、どこで接合しているのか分かり難い。実は床に接する部分で斜めにカットして前後をつなぐ手法、スカーフジョイントの技術が用いられており、一見しただけではその部分は見分けられない。この作品を製造しているアルテックは、1935年にアアルト夫妻、友人達の4名で設立した会社である。アアルトは建築家としてのみならず、デザイナー・アーティスト・実業家としても成功した人物だ。
2次元曲面の座面は1940年代に入り、アメリカのチャールズ&レイ・イームズ夫妻によって3次元曲面のシート面の実用化へと進化、椅子デザインの機能性を高めた。さらにそうした技術は進み、半球面状のスーパー成形と呼ばれるものまで登場している。
■ARMCHAIR 41 “PAIMIO”
ブランド:Artek(アルテック)
サイズ:W60㎝×D80㎝×H64㎝、SH33㎝
素材:バーチ材(ラメラ積層合板曲げ加工)、バーチ材成形合板
価格:641,300円(税込)
<問い合わせ先>
MAARKET(マーケット)
https://maarket.jp/view/item/000000001803