日高山脈と大雪山系に囲まれた十勝平野は、日本有数の畑作地帯。 肥沃な大地が育む農畜産物は、十勝ブランドとして国内外で高く評価されています。 今回はJA十勝地区の青年部協議会と女性協議会の代表二人に、 十勝の農業の「今と未来」を語っていただきました。

平 かよ子(ひら かよこ)さん(写真左) JA十勝地区女性協議会 会長、JA新得町女性部 部長
宇野 清将(うの きよのぶ)さん(写真右)  十勝地区農協青年部協議会 会長理事

後継者になって改めて気づく農家ならではの自由さ

    平
 
 

私の実家は酪農と畑作を営む農家です。いつも忙しい母の助けになりたい一心で、子どもの頃から牛舎の手伝いをしていました。自転車で畑まで走って、作業を手伝ったのもいい思い出です。縁あって新得町で4代続く農家に嫁ぎました。4人の子どもを授かり、今は息子が5代目を継いでくれています。

     宇野
 
 

僕も実家が畑作農家を営んでいます。僕にとって、畑は小さい頃から身近な遊び場でした。高校を卒業し、帯広市の調理師専門学校に進学。卒業後は居酒屋の厨房で働いていたのですが、実家が農家だったこともあり、地元の先輩から農業に誘われたんです。当時付き合っていた今の妻の後押しもあり、就農を決意。芽室町の実家に戻って後継者になりました。

今は両親と二世帯住宅で暮らしながら、36ヘクタールの畑で麦や加工用のジャガイモ、ビート、豆類などを生産し、地域のJAに全量出荷しています。31歳で父から経営を引き継ぎ、正式に3代目になりました。

    平
 
 

なんか農家って、朝早くからずっと働いているようなイメージを持っている人が多いですよね。でも、家族がいつも一緒に大きな空の下で汗を流して、笑って、ほかの仕事にはない自由さがあるのも農業の魅力。若い頃に願ったとおりの暮らしを実現できたのは農家だったからこそだと私は思っています。

     宇野
 
 

確かに経営する立場となると作物の管理や収穫をある程度コントロールできます。自分や家族の予定に合わせて自由な時間がつくれるので、農業は仕事と暮らしのバランスがとても良いんだと、実際に後継者になってみて気づきました。2人の子どもともたくさんの時間を過ごせていますね。

    平
 
 

うちは42ヘクタールの畑を耕し、ビート、ジャガイモ、小麦、豆類やブロッコリーなどの野菜を生産しています。一家総出で畑の手入れをし、収穫作業をするのですが、こういう暮らしはシンプルだけれど、ほかでは得られない充足感があります。家族でつくった畑の恵みで日常の食がまかなえるのは、農家だからできる贅沢だと思います。

見渡す限りの畑と空に向かって伸びる防風林は、十勝を代表する農村風景。豊かな大地は宇野さんの大切な職場でもある
見渡す限りの畑と空に向かって伸びる防風林は、十勝を代表する農村風景。豊かな大地は宇野さんの大切な職場でもある

 

つながりとふれあいを大切に農業と食の魅力を伝える

     宇野
 
 

昼夜の寒暖差が大きい十勝の気候は、農作物づくりにはぴったりの環境です。加えて、農業用地が広いので、作物を安定して供給することができます。十勝が「農業王国」と昔からいわれる、大きな理由です。そのおかげで経営的にも安定し、若い後継者が多いのも特徴。新規就農者も年に100人ほどいて、管内にある23のJA青年部の活動も活発なんです。

    平
 
 

新得町青年部は、地元の学校と連携した食育活動や給食用食材として生産物を提供するなど、地域活動にも熱心に取り組まれています。

     宇野
 
 

私たちも、芽室町の小学校や保育所の子どもたちに種まきから収穫、調理まで一貫して体験してもらう体験事業を行っています。土に触れる機会が少ない子どもたちに、例えば小豆があんこになるまでのプロセスを体験することで、地元の小豆に関心を持ってもらいたい。さらに子どもを通じて、ご両親にも十勝の農業の良さを知ってもらえたらと思って活動しています。

    平
 
 

10年前に設立されたNPO法人「食の絆を育む会」の活動に参加し、修学旅行生や地域の学校の子どもたちに農業体験をしてもらっています。また、私の農園でも農業体験を行っています。土や農産物、自分で収穫した農産物を味わうことを通じて、心に残るものが必ずあります。最近はフードロス問題もよく話題に上りますが、体験を通じて食べ物を残さないことの大切さも学んでもらえているように感じます。

     宇野
 
 

逆に教えられることも多いですよね。「農業王国」という看板に甘えちゃいけないという、ある種の戒めにもなります。生産者はもっと積極的に、消費者とのつながりを大切に考えるべきだと思います。

    平
 
 

本当にそう思います。普段自家用野菜しか食べないので、土地によってつくる品種や味が違うことを教えられてハッとすることがあります。そうした発見が互いにでき、新しいつながりを育めるのが、体験事業の良いところ。おいしい、楽しい体験を通して、農業を好きになってくれるといいなと思っています。

     宇野
 
 

芽室町のJA青年部では、僕らの顔をまず知ってもらおうと直売マーケットへの出荷や収穫感謝祭の開催などのふれあいの場を多く設ける取り組みをしています。安全・安心な農産物の採れたてのおいしさを通じて、農業を身近に感じてもらえたら嬉しいですね。それがゆくゆくは地域の活性化や支えになっていくと信じています。

シーズン最後に収穫する長芋は、まだ青々とした葉を茂らせていた
シーズン最後に収穫する長芋は、まだ青々とした葉を茂らせていた(撮影2021/10)
間もなく収穫を迎える小豆の出来具合を確かめながら、宇野さんは「良い作物をつくるには、まずは土づくりが大切なんです」と話してくれた
間もなく収穫を迎える小豆の出来具合を確かめながら、宇野さんは「良い作物をつくるには、まずは土づくりが大切なんです」と話してくれた

 

カッコいい農業を目指して、握ったバトンを次の世代へ

     宇野
 
 

近年、十勝全体の農家が減少傾向にあり、芽室町でも農地の大型化が進みました。そこで、僕たちはGPSの活用や機械の大型化を進め、広い農作業の高効率化を図ると同時に、市場性の高い新しい作物の生産にも積極的に挑戦しています。また、たい肥有機物のエネルギーを利用し、CO2を排出しないトラクターの利用も始めました。

    平
 
 

限られた状況の中、先進化を図っていますね。この10年ほどの間に十勝を取り巻く気候条件が変わって、それに対応できる品種や生産技術も年ごとに替わってきました。その変化の波に追いついていくための取り組みを考え続けるのが、後継者のために私たちがやるべきことだと思います。

     宇野
 
 

私たちの親やその上の世代もそうだったように、十勝を拓いた諸先輩から受け継いできたチャレンジ精神を忘れないことも、変化の波にのまれず、さらに前へと進んでいくためには大切です。

    平
 
 

そうですね。私たちの子ども世代や、さらにその子ども、孫世代にもずっと「十勝の農業は良いな、カッコいいな」と思い続けてもらえるように、常に新しいことに向かっていく姿勢、努力を忘れてはいけませんね。

     宇野
 
 

「カッコいい農業」といえば以前、青年部の海外の研修で訪ねたドイツの農家住宅はどこもかしこもおしゃれで、人々がゆとりある暮らしを送っていたのがとても印象的でした。これからの十勝の農的な暮らしのお手本を見たようで、いい刺激になりました。

近年は、十勝の農家でも二世代、三世代同居から、親世帯と子世帯が別棟に住むケースが増えました。新しく建てられた後継者の住宅も、それぞれがとても個性的でおしゃれなんです。これもまた、変化の波の一つの現れ、といえるかもしれません。

    平
 
 

地元である十勝を知ることも、海外から学ぶことと同じぐらい大事だと思います。というのも、体験事業で訪れる道内外の人から、新得のここがすごいと教えられることが増えたんです。一度、町外へ出て故郷の良さに気づいて、戻ってくる人も増えました。住みたい、働きたいと次代を担う若い人に思ってもらえるような魅力あるまちづくりを実現することも、私たちの大切な役目。それが、十勝の農業を次の世代へつなげ、変化の波に対応し続けられる、大きな力になるのだと思います。

取材協力/JA北海道中央会 帯広支所


Replan北海道vol.136で特集している「十勝で建てるなら、ココ!2022」掲載の住宅実例をWEBマガジンでも公開しています。地域の特性を知り尽くした、高性能で快適な住まいと暮らしぶりをお届けします。

[case1:田園風景を背負う終の棲家]

◎中札内村・Mさん宅 夫婦50代、子ども1人
◎設計・施工:(株)とかち工房代々の歴史が刻まれた敷地に新たに建てられた、塔と三角屋根を擁する建物は、ずっとそこにあったように佇んでいる

「日高の山並みや田園風景にマッチする外観と、木の温かさを感じて暮らせる家を建て、これからの人生は二人で楽しくゆったりと過ごしたい」という希望を叶えた木の家です。くつろぎの場となるリビングは、陽射しをたっぷり取り込む大開口と吹き抜けが設けられ、明るくのびやかな空間。職人の息づかいが感じられるような丁寧な手づくりでつくられた品格と味わいのある住まいです。

▶中札内村の田園風景に溶け込む塔と三角屋根のある農家住宅の詳細はこちらから

[case2:個性あふれる職住一体の家]

◎帯広市・嶋さん宅 夫婦30代、子ども2人
◎施工:Einbuild(アインビルド)(株)

事務所と自宅それぞれに玄関を設けながら、内部で緩やかにつながる建物です。陽当たりとプライバシーを確保した2階LDKや、ソファ無しでくつろげるようタイルカーペットのピットリビングなど、家族の暮らしやすさへの配慮はもちろん、雨や雪による劣化や最善の補修法を検討するため実験的に採用した外壁のアスファルトシングルとオビスギなど、いろいろな素材が演出する個性的な雰囲気が特徴です。

▶帯広の緑豊かな場所に建つ素材感を楽しめる職住一体の家の詳細はこちらから

[case3:赤い屋根の木組みの家]

◎足寄町・Hさん宅 夫婦40代、子ども2人
◎施工:(株)木村建設

畑の真ん中にあるHさん宅。周囲の風景に自然になじむ黄土色の塗り壁に、レンガ色の赤い屋根が印象的

リビングの3間幅の大開口から贅沢な四季折々の風景を味わえる住まいです。構造は、十勝産無垢カラマツを使い、職人の目と手で数千分の一ミリの精度を確かめながらつくり上げた現し仕様で、壁には左官職人の手塗りによる土壁や、植物原料の壁紙を採用。空間と調和する道内各地の職人たちによる造作家具や建具など、天然素材の質感と手仕事が息づく美しい空間を生み出しています。

▶丁寧な手づくりで仕上げた薪ストーブのある木組みの家の詳細はこちらから