脱炭素宣言の背景

昨年10月、菅首相が国会の就任演説で、唐突に「脱炭素社会を目指して2050年にCO2排出量実質ゼロを実現する」と宣言しました。これまで日本は、後ろ向きでずっとやってきましたから、私もびっくりしました。その実現の可能性が、改めて議論されているところで、各省庁は具体的な計画策定に向けて頭を抱えているところです。2020年省エネ基準義務化を見送った国交省は大慌てといったところですが、どうなるのでしょうか。

驚いたのは、石炭火力発電を積極的に推進し、輸出に力を入れて、世界の動きに逆行する方針をとってきた安倍政権の番頭役の菅首相が、突然の「脱炭素宣言」を打ち出したからなのです。  

背景はありました。トヨタ自動車の豊田社長の、「このままでは日本国内で自動車を生産することができなくなる」という発言です。炭素まみれのエネルギーを使って生産された日本国内生産の自動車は、輸出できなくなるということなのです。実際、EUを中心にこうした工業製品に対する高い関税をかける議論が進んでいます。  

菅首相の突然の宣言はこうした状況に対応せざるを得なくなった結果なのでしょう。決して地球環境をおもんばかって日本も先頭に立とうということではなく、例によって産業優先の発想なのです。コロナ対策のGo Toトラベルと同じように、「脱炭素対策」が迷走することにならないことを祈るばかりです。  

こうしたことを忖度してか、住宅の省エネ基準の見直しについても、先端産業分野と大きな関わりを持つ太陽光発電と蓄電池に議論が集中し、建物の省エネ化のレベルに対しては、若干のレベル向上と義務化で当面お茶を濁そうとしているように見えます。自動車の省エネ化が急速に進んだように、住宅の省エネ化に取り組むことは、そもそもの消費エネルギーを大きく削減することですから、今回をチャンスに積極的に取り組むべきだと私は思っています。大きな省エネは、大きな創エネとなり、再生可能エネルギーを増やすことと同等なのです。

省エネルギー基準の現状

1999年(平成11年)に打ち出された次世代住宅省エネ基準は、日本の住宅を高断熱化するという方向を打ち出したということで画期的でした。問題はその後22年にわたって、レベルを強化せずに来たことです。この間、EU諸国を中心に世界中で住宅の省エネ強化が行われてきました。それでも2016年(平成28年)には、2020年義務化を打ち出しました。当時、国交省は義務化にあたり、レベルを上げないことで大手ハウスメーカーの了解を取り付けたという話があり、呆れたものでした。結局、国交省は義務化をすると、中小工務店が対応できなくなるなどのわけのわからない理由を挙げて義務化を見送り、建築士の施主に対する説明義務化という線に後退してしまったのです。  

義務化を見送った省エネ基準の現状を、表1と表2に示します。

表1 現行住宅の省エネ基準
表2 WEB上のエネルギー消費性能計算プログラム(住宅版)Ver.2.1.1での入力・選択項目

省エネルギー基準は大きく2つに分けられ、表1の住宅のUA値と冷房期の平均日射取得率ηACを求め、それを表の基準値以下にすること、および、その値と住宅の面積などの数値を、WEB上の住宅の全消費エネルギー計算プログラムに入力し、表2の住宅の設備に関する項目をすべて入力して、住宅の消費エネルギーを基準値以下にすることが求められています。UA値などの計算は、細かなルールが定められており、その書類は審査機関によって細かく審査され、工務店や設計事務所にとっては確かに大変な作業です。