さらなる省エネ・省CO2が住宅の重要なテーマとなる寒冷地。 本企画は、独自の視点から住宅性能研究の最前線を開いている、東京大学の気鋭の研究者・前真之准教授に、「いごこちの科学」をテーマに、住まいの快適性能について解き明かしていただきます。 シーズン1に続く第2弾として2015年からは、それまでの連載の発展形「いごこちの科学 NEXT ハウス」としてリニューアル。
「北海道・寒冷地の住宅実例から考える室内環境について」をテーマに、断熱、開口部、蓄熱など、さまざまな視点から寒冷地における室内環境の改善ポイントを解説しています。東京大学大学院工学系研究科
建築学専攻・准教授
前 真之 (まえ・まさゆき)
最近になって、地球温暖化の緩和に向けた脱炭素の話題を聞くことが急に多くなりました。私たちの社会や暮らし全体を大きく変える脱炭素の流れは、当然ながら住宅にも大きな影響を与えます。前回は、2月24日の内閣府再エネタスクフォースにおいて、住宅の省エネ・脱炭素の取り組みがまったくもって不十分と指摘されたことをお話ししました。今回は、その後のドタバタと顛末を整理してお話ししましょう。
脱炭素に向けた住宅の「あり方検討会」
2月24日に開催された再エネタスクフォース(以下TF)で、国土交通省(以下国交省)の住宅の省エネ・脱炭素の取り組みの遅れを、河野太郎行政改革担当大臣が厳しく叱責しました。続いてTF委員は、断熱や設備による省エネと太陽光発電などの再エネの導入を、できる限り徹底的に、できるだけ早期に実施することを、国交省に強く求めました。
積年の怠慢を指摘されて大恥をかいた国交省は、まず住宅行政の根幹である「住生活基本計画」に、2050年脱炭素実現に向けてバックキャスティングで政策を決定する、と明記しました。従来の「すぐできることだけちょっとやる」フォアキャスティング政策からの大転換です。
次いで、経済産業省(以下経産省)と環境省と合同で、「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会(あり方検討会)」を立ち上げます。設置趣旨は「中期的には2030年、長期的には2050年を見据えて、バックキャスティングの考え方により、脱炭素社会の実現に向けた住宅・建築物におけるハード・ソフト両面の取り組みと施策の立案の方向性を関係者に幅広く議論いただく」という壮大なもの。建築分野だけでなく、再エネや法律・消費者団体・地方行政など、幅広い分野の専門家13名が委員として集められました。
45日間でまとめられた「あり方・進め方(素案)」
4月19日に、第1回目のあり方検討会が開催されました。従来の国交省は、審議会は非公開、議事録も無記名という極めて閉鎖的な運営をしていましたが、この検討会で初めてオンラインでのライブ配信になりました。しかし、時間はかっきり2時間だけ。始めに省庁が30分以上説明してから委員の発言時間なので、一人の発言時間はたったの5分程度しかありません。委員それぞれが一方的に発言するだけで、委員間の議論などはほとんど行うことができませんでした。
第2回・第3回の検討会でもまともな議論がほとんどないまま、6月3日の第4回で「あり方・進め方(素案)」なるものを国交省が提出します(図1)。
TF検討会の資料・動画は以下で公開されています。
再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース(再エネTF)
脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会(あり方検討会)
第1回から第4回の間、たった45日間で「中期的には2030年、長期的には2050年の脱炭素計画」という壮大な目標に向けた取りまとめ案を出すことが、果たして可能なのでしょうか。
素案の2030年目標「平均でZEH」のホント
6月3日に提出された「素案」では、「2030年における新築の住宅・建築物について平均でZEHの実現を目指す」とされています。ZEH、つまりゼロエネルギー住宅については本連載でも何度も取り上げてきましたね。簡単に復習しておくと、「断熱」「高効率設備」で省エネし、残った消費エネルギーを「太陽光発電」でカバーしてゼロエネにする、というものです。「2030年に新築平均でZEH」というのが、2030年の新築はすべてゼロエネになる、という意味であれば、かなりすごい目標に思われます。しかし、ここにとんでもない落とし穴が隠されていたのです。
「平均でZEH」は太陽光抜き 「平均で省エネ20%」だけ
検討会の一部の委員は、漠然とした書き方になっている素案の詳細を追及します。すると、「平均でZEH」には、太陽光発電は含まない、ZEHの要件の一部にすぎない「省エネ20%」だけを指すことを、国交省が(イヤイヤ)認めたのです。
建築物省エネ法(省エネ基準)は、1999年制定の断熱等級4に、2012年ごろの標準設備を設置した場合のエネルギー消費量を基準値として、設計値が基準値以下となることを求めています。この4月から説明義務化されているのをご存知の方も多いでしょう。
ZEHでは設計値が基準値より20%以上少なく、より省エネになることを求めています。さらに太陽光発電を載せてゼロエネにするからZEHになるのです。しかし、国交省はZEHの定義を勝手に変更して、「タマネギだけ牛丼牛肉抜き」のようにしてしまいました。これが1つ目の問題です。
ちなみに、省エネだけ20%というのは、LED照明やエコキュートなど、今となっては一般的な設備を採用するだけで簡単に実現できてしまいます。ほとんどのZEHでは省エネ率は30%以上となっているのです。さらに、省エネ10%と省エネ30%の家があったら、平均で省エネ20%だから「平均でZEH」を実現したことにしてしまおう、というのですから、本当に何の実効性も期待できません。「平均でZEH」は一見すごそうだけど何の意味もない、まさに役所の「狡知の結晶」というべき代物だったのです。
素案の内容は問題だらけ
2つ目の問題は、「断熱上位等級の設定」です。ZEHレベルの断熱を断熱等級5として定めるとは書いてありますが、そこまでです。ZEHの断熱は等級4よりはマシですが、全館空調が普及してきている現状では十分とはいえません(この問題については、今後の連載で再度取り上げます)。健康・快適な暮らしを広めていくためには、HEAT20 G2/G3のような高いレベルを上位の断熱等級として設定すべきなのですが、国交省は完全にスルーしてしまいました。
3つ目は、「太陽光発電」です。「平均でZEH」で太陽光が抜きにされてしまったのは、国交省も経産省も環境省も、誰もその普及の責任を引き受けていなかったのが原因でした。まさに「三省の谷間」問題。「みんなで無責任」といわれても仕方ありません。実際、素案には太陽光の具体的な普及策は何も書いていなかったのです。
4つ目の問題は、省エネ目標の「引き下げ」です。先の「平均でZEH」で省エネ目標が達成できるならともかく、国交省は住宅新築の省エネ目標を314万kLから253万kLに、2割も引き下げてしまいました。この4月に国全体のCO2削減目標が26%から46%に大幅に引き上げられる中、この引き下げが許されるものなのでしょうか。
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