現代の日本においては経済格差が社会問題となっている。そうした格差をビジネスチャンスと捉え、成功しているのがファスト製品だ。それらは衣・食・住、総ての分野に及んでいる。そうした製品の陰にあるのは、海外の安価な労働賃金であり、劣悪な労働環境である。さらに安全性が担保されたとは言えない素材の使用や、不正な行為が行われていたりすることもある。
経済性を優先するあまり多くの企業が生産拠点を海外に移してしまった。国内にとどまったのは、物作りの精神に重きを置く企業や、極めて高い技術力を有する企業、あるいは海外移転をするだけの資金力がない企業だったようだ。その結果、産業の空洞化が進み多くの雇用が失われた。景気が良くなったと言われるが、製造業に関しては経済的な恩恵は見られない。
ファスト製品を全面否定するものではないが、人と物の関係を考えた時、やはり問題があるように思えてならない。ファスト製品は人と物の接点が希薄ではないだろうか。安いからと吟味もせず安易に購入し、飽きたり、不用になったからと簡単に捨ててしまうことはないだろうか。物はそれが生まれた時から最終的にはゴミになる運命である。環境面を考えると物には長い寿命が求められるのだ。
物には構造、素材、機能の寿命があるが、それに加えて飽きの来ないデザイン性も求められる。さらに生産者、販売者、使用者それぞれの情熱や想いも、物の寿命に大いに関わりがあるだろう。それらの何ひとつ欠けても物の寿命は短命なものとなってしまう。
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今回紹介するハンス・J・ウェグナーのベアチェアはファストファニチャーの対極のものだ。現行品の中では最高額の椅子だろう。その価格だけを見ると、反発感すら覚えるが、その製造工程を知るとその価格には納得させられる。
フレーム構造は外からは見えないが、熟練工の技術により精緻な仕上げがなされている。また、張り地の下のクッション部分にはコイルスプリングのほか、馬毛や椰子の繊維など多くの自然素材が使われている。張り地の下作業だけで一人の職人が一週間の時間を費やしている。このほか座のクッションや本体の張り地、パイピングも多様な種類の中から自由に選ぶことができる。ほぼオーダーメイドに近い作り方のため、発注から納品まで四ヵ月程かかる。
国産自動車と変わらない価格であるが、車は時間の経過と共に評価額が著しく下降するのに対して、このベアチェアは数十年使ってもその評価額はあまり変わらない。本来、家具は親から子へ、さらに孫へと受け継がれてゆくものである。いつの頃からか様々な物が、買い換え、差し換えられるようになってしまった。
間に合わせではなく、本当に良いものを修理しながら長く使い、最後まで使い切る価値観が求められているのではないだろうか。価格の裏側にある問題に想いを馳せ、消費者から使用者へ、そして愛用者になりたいものだ。
■BEAR CHAIR(ベアチェア)
メーカー:PP Møbler(PPモブラー)
素材 :アッシュ、ウォルナット、オーク、チェリー(本体)
サイズ:W90×D95×H101㎝、SH42㎝
仕様:レザー及びファブリックの張り地、ボタン、パイピングを選択可能
価格:2,390,000円〜(税別)
<問い合わせ先>
スカンジナビアンリビング
http://www.scandinavian.co.jp