椅子についての講演を依頼されることがある。その際、質疑で「椅子を購入するにはどのような椅子を選べばいいのか?」という質問を受ける。椅子には使用目的があり、それぞれの目的に合致した選び方を私なりに説明させていただくが、いずれの椅子についても共通している点として、理想の掛け心地は存在しないことをお伝えする。それは特別注文で使用者の体型に合わせた誂えの椅子でも同様である。人間の身体というのは24時間、常に変化をしており、そのため十分に睡眠を摂った朝の体調と、日中身体を酷使した後の体調には大きな差がある。疲れた身体を休めたい時に掛ける椅子は、機能性に問題があっても掛け心地はよく感じるものだ。また、人間は総て体格や体重が異なり、量産を前提とした製品では、それを使用する対象年齢のおおよその平均的な数値を基に製品の開発を行う。ひとつのモデルを百人百様の体型の人が使うわけである。そのため、ある人には掛け心地が良かったり、悪かったりするのだ。

椅子というものはデザインにおいても製作においても、家具の中で最も難易度の高いものだ。それは椅子に掛ける人のあらゆる掛け方、使い方に対応できる強度と安全性を担保しなければならないこと。そして掛け心地という機能性を満たさなければならないこと。さらに見た目の美しさ、審美性を備えていなければならないことに加え、量産性、経済性も優位性が求められるのだ。こうした諸々の高いハードルは他の家具には無い厳しいものと言えよう。そうしたハードルをクリアし、20年、30年と生産され続けたものだけが名作椅子と呼ばれるのだろう。

今回紹介する「子どもたちの姿勢を守る椅子=アップライト」は今後、名作椅子の仲間入りをすると確信できるものだ。この椅子は2007年、子どもたちの姿勢の悪さを改善したいとの思いから製品ディレクターの柴原孝さんと家具デザイナーの朝倉芳満さん、それに豊橋木工の三者によって実現したものだ。製品として完成するまでには多くの困難があり、試作を繰り返し、少しずつ諸問題を解決し、20ヵ月をかけて初号モデルを生み出した。その後も3度の改良を加え現行品に至っている。開発に多くの時間と労力を費やしたものは、それに比例して完成度が高く、かつ製品寿命が長いことは過去の名作椅子の例からも明らかである。

このアップライトは座面の高さ(14段階変化)やベビーシート、足台などを用いることで生後7ヵ月の幼児から大人まで使える。あくまで使用者の立場に立った物作りの思想は、誠実さと丁寧さに裏打ちされている。18年間保証を謳っているのは品質に対する誇りであろう。これまでに修理をしたのは僅か5脚のみという数に驚きを覚える。ファストな家具や新作主義を繰り返すのではなく、社会の問題点に正面から取り組む愚直な物作りの姿勢は正に椅子と人の姿勢に繋がるものだ。

■アップライト
メーカー:豊橋木工
カラー:ナチュラル、チェリーブラウン、ダークブラウン、ホワイト、ブルー、レッド、ピーチ、ブラック、ウォールナット、オイル
塗装:ウレタン樹脂塗装、オイル塗装
サイズ:W46㎝×D55㎝×H83㎝(重さ:約8.1kg、耐荷重:100kg)
材質:フレーム/ブナ合板、貫/ブナ、座面カバー/ポリエステル100%(布地)・PVC(合成皮革)
対象:身長90cmから大人まで(90cm未満はオプションのベビーシートを装着して対応可能)
価格:42,000円~(税抜)

<問い合わせ先>
豊橋木工(株)
https://toyomoku.co.jp
TEL.0532-23-2151