日本にくすぶる裸火の残影

残念ながら、日本においては「暖房」のこうした発展はほとんど見られませんでした。ごく最近まで室内で裸火を燃やす採暖が主流であり、世界では当然のごとく行われていた「熱と煙の分離」も我が国ではあまり試みられませんでした。こうした裸火の名残は、今日にいたるまで日本の住宅や暖房に影を落としているように感じます。

現在主流のファンヒーターは電気ファンを内蔵した対流式暖房であり、温風を吹き出すことで効率的に室内を温めることができるようになりました(図10)。しかし残念ながらほとんどのファンヒーターは開放式であり、吹き出している温風はガスや石油が燃えた後の「排気ガス」です。21世紀の今日にいたるま で、日本では熱と煙が未分化のままなのです。

図10 開放型ファンヒーター

図10 石油やガスの開放型ファンヒーターは、温風を吹き出して対流により加熱を行う代表的な対流式暖房機
図10 開放型ファンヒーター。石油やガスの開放型ファンヒーターは、温風を吹き出して対流により加熱を行う代表的な対流式暖房機です。手軽で移動が容易などのメリットがありますが、高温の暖気は上昇しやすく温度ムラは大きくなります。また、室内の酸素を利用して燃焼し排気をそのまま吹き出すので、CO2や水蒸気が大量に放出されるため、定期的な換気が不可欠になります。今後の高断熱・高気密の住宅においては、不適切な暖房といわざるを得ないでしょう。

とにもかくにも、昔の日本を美化したり盲信するのは慎重であるべきと筆者は考えます。先人の努力に学ぶところもあるでしょうが、新たな知恵によって見直されるべきところが多いはずです。当時の人がその頃の技術では解決できない多くの苦難や困窮を抱えていたことも、想像するべきでしょう。

ここまで、放射式や対流式の暖房方式の例を見てきました。図11に、各方式ごとの壁表面温度・空気温度の分布を計算した結果を示します。暖房というと空気の温度ばかり気になりますが、実際の温熱環境は対流だけでなく放射も含め、かなり複雑な挙動を示します。快適な温熱環境を作るには、それぞれの暖房方式ごとに注意点があることに注意しましょう。

図11-1 暖房方式ごとの壁面温度(各上)と室内空気温度(各下)/薪ストーブ表面温度 図11-2 暖房方式ごとの壁面温度(各上)と室内空気温度(各下)/壁パネル表面温度 図11-3 暖房方式ごとの壁面温度(各上)と室内空気温度(各下)/床パネル表面温度

図11-4 暖房方式ごとの壁面温度(各上)と室内空気温度(各下)/エアコン吹き出し状態の温度
図11 暖房方式ごとの壁面温度(各上)と室内空気温度(各下)。12畳で断熱等級3(H4基準)程度、外気温度5℃の条件で同程度の快適性になるように異なる暖房方式でシミュレートした結果です。上3つの放射暖房では、薪ストーブ→壁パネル→床暖房と加熱面の表面積が増えるに従って、加熱面温度が下がり温度ムラも小さくなります。放射暖房はムラなく暖房できるイメージがありますが、実際には空気を動かす能力がないため、慎重な設計が求められます。下のエアコンは対流暖房であり空気を強制的に動かしているため、温風により比較的ムラがない温度環境ができています。ただし高温の温風が直接吹き出すため、人に当たると暑すぎたり乾燥感の原因になるなどの問題があります。このシミュレーションは各暖房方式の特徴を分かりやすくするため、断熱性の低い条件で計算しています。快適な温熱環境のためには、断熱・気密の確保が最優先であることは忘れないようにしましょう。

エネルギーにも質がある

こうして世界では様々な暖房方式が発達しましたが、本質的に変わらなかった部分がひとつあります。それは暖房に用いる熱エネルギーの「質」です。もちろん、燃料の種類そのものは多様化しました。長らくは木が主流でしたが、やがて石炭・石油・ガスといった化石燃料、そして一番便利なエネルギー体である電気も使えるようにもなりました。

ただ、それらはいずれも数百度から千度といった高温の熱を生み出す燃料であり、暖房のやり方に大きな変革をもたらすものではありませんでした。暖房そのものの形式は変わらずに、石炭・石油・ガスそして電気と燃料だけが変わってきたわけです。利便性や経済性は変化したかもしれませんが、熱利用の本質はほとんど変わってこなかったといえます。

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