さらなる省エネ・省CO2が住宅の重要なテーマとなる寒冷地。 本企画は、独自の視点から住宅性能研究の最前線を開いている、東京大学の気鋭の研究者・前真之准教授に、「いごこちの科学」をテーマに、住まいの快適性能について解き明かしていただきます。 シーズン1に続く第2弾として2015年からは、それまでの連載の発展形「いごこちの科学 NEXT ハウス」としてリニューアル。
「北海道・寒冷地の住宅実例から考える室内環境について」をテーマに、断熱、開口部、蓄熱など、さまざまな視点から寒冷地における室内環境の改善ポイントを解説しています。
建築学専攻・准教授
前 真之 (まえ・まさゆき)
暖房の歴史と科学
今回は王道のテーマ「暖房」を取り上げます。寒い冬を暖かく過ごす暖房は、我々人類が世界に広がっていく歴史そのものといっても過言ではありません。その暖房の歴史を振り返りつつ、今後のあるべき暖房の姿をご一緒に考えていきましょう。
人類がアフリカを出たのは「つい最近」
人類の歴史自体は、300万年前くらいまで遡れるといわれています。人類はアフリカ起源であり、そこから世界に広がっていたのは間違いがないようですが、いつアフリカを出たのかが問題です。皆さんの中には75万年前に中国で暮らしていた北京原人、20万年前にヨーロッパに暮らしていたネアンデルタール旧人が人類の先祖だと習った人も多いでしょう。そんなに昔から寒冷地に住んでいるのなら、もっとDNAレベルで寒さへの適応が進んでいても良さそうなものです。ところが最近のDNA鑑定により、彼らは人類に進化することなく絶滅してしまった「別の生き物」であることが分かってきました。
我々ホモサピエンス(新人)が長く住み慣れたアフリカを出て世界へと進出したのは、実はたかだか5万年前だそうで、長い歴史からみれば「ごく最近」のことなのです。思った以上に、我々の先祖はアフリカに「長居」をしていたわけです。紅海の浅瀬を渡ってアラビア半島に移住した小さな集団が、世界中の人類共通の祖先になって急激に世界に広がり、先に世界各地に進出していた先輩格の旧人を急速に駆逐していきました(図1)。
「内温動物」の宿命は常時冷却
こうして人類が暑いアフリカを出て寒冷地に移り住むことで、暖房の歴史がはじまります。ご存知のとおり、我々人類は体内深部の温度をほぼ一定に保つ能力を有しています。以前はこの特性をもつものを「恒温動物」と称していましたが、最近では「内温動物」というようです。この反対である「外温動物」は体温が環境温度により強く影響されるため、冬には活動できません。内温動物では、栄養と酸素により代謝に伴う熱を発生させ、適度に放熱させることで体温を維持します。
内温動物のメリットは、外気の温度によらずいつでも活動できること。デメリットは、代謝のために大量の食糧が必要なことです。同程度の大きさであるコアラ(内温)とナマケモノ(外温)では、1日の食事量が500gと10gとで桁違いです。いかに内温動物が大量の栄養をとって膨大に放熱しているかがよく分かります。
ここで大事なのは、内温動物である人類は「常に」体内の代謝熱を外に放熱する必要があるということです。つまり暖房といえど、体を「加熱」してはいけないのです。体が高温になりすぎれば、タンパク質が変質して生物活動が維持できなくなります。つまり快適な温熱環境とは、「全身」から「適度」に「放熱」できる環境のことなのです。
人類はアフリカに長居しすぎたせいで、毛皮を脱ぎ捨てて手足を含めた体全体が細長くなり、あげくは強力な発汗機能まで備えました。まさに「放熱一辺倒」に進化したサルなのです(図2)。この体のまま寒冷地に移り住めば、体からの放熱が進みすぎて体内からの代謝熱が追いつかず、体が冷えきるのは自明です。体からの放熱を抑える工夫が不可欠となるわけです。
人類が放熱する方法は主に4つあります。
・接触物への「伝導」
・周りの空気への「対流」
・周辺物体への「放射」
・汗などによる「蒸散」
一般的な温熱環境において、放熱の内訳は対流30%・放射40%・蒸散30%程度であるため、伝導はごくわずかといわれています(図3)。
このうち無意識の汗による「蒸散」は対策が難しく、逆に「伝導」は足や尻などの接触部位をスリッパやクッションにより覆えばよいので対策が容易です。つまりちゃんとした対策が必要なのは、「対流」と「放射」の2つということになります。
放熱量を適度に抑えるために、まずは断熱材である体毛や体脂肪の代わりとしての「衣服」が発達します。その次に、環境温度を適温に維持する建築や暖房の出番ということになります。
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