さらなる省エネ・省CO2が住宅の重要なテーマとなる寒冷地。 本企画は、独自の視点から住宅性能研究の最前線を開いている、東京大学の気鋭の研究者・前真之准教授に、「いごこちの科学」をテーマに、住まいの快適性能について解き明かしていただきます。 シーズン1に続く第2弾として2015年からは、それまでの連載の発展形「いごこちの科学 NEXT ハウス」としてリニューアル。
「北海道・寒冷地の住宅実例から考える室内環境について」をテーマに、断熱、開口部、蓄熱など、さまざまな視点から寒冷地における室内環境の改善ポイントを解説しています。
建築学専攻・准教授
前 真之 (まえ・まさゆき)
断熱・気密の次の注目ポイント!蓄熱大研究
近年、「蓄熱」というキーワードを耳にする機会が増えている。2013年10月に、「蓄熱を考える」というテーマでシンポジウムを開催したところ、予想を超えて100名以上の方々のご参加をいただくことができた(写真1)。どうも、蓄熱への関心が高まっているのは間違いないようだ。
参加者の多くは、優良な省エネ住宅の実践と普及に活躍されている方々。すでに基本となる断熱・気密について十分に習熟し、意匠やコスト面についても「メドがたってきた」パイオニアの人々が、次なるブレークスルーとして蓄熱に目を向けている。断熱が「望ましくない熱の流れを断つ」ことであるのに対し、蓄熱は「熱を蓄える」こと。
夏のエアコン抑制に期待する向きもあれば、冬の太陽熱の有効利用を目指す人もいる。ともすると、熱収支の矛盾を一挙に解決してくれる魔法かのように語られることもあるこの「蓄熱」。その真実について考えてみよう。
熱の「家計」が大ピンチ! 真っ先に取り組むべきは?
まずはじめに、冬期に住宅の温熱環境を快適に整えることを考えてみよう。検討の初期段階においては、蓄熱は実は「お呼びでない」。第一に検討すべきは、建物の熱の「入と出」の収支を正しく整えることである。
幸か不幸か、熱は突然どこからともなく湧き出してくるものでもなければ、急に消滅するものでもない。ところが熱は目に見えないからか、数字のオーダーが狂ったトンデモ話になってしまう場合がザラにある。理解しやすくするため熱を「お金」、住宅の熱バランスを「家計」に例えてみよう。図1をご覧いただきたい。
日射などの熱取得が「収入」なら、壁や窓から漏れて出て行ってしまう熱損失は「支出」である。切実な問題であるお金の収支は、誰でも数字のカンをもっている。収入<支出の赤字状態になれば、やむなく借金をして穴埋めをすることになる。その先に待っているのは「破産」しかない。
熱の収支も、これと全く同じ。ほとんどの家では収入<<支出と日本国なみに「大赤字」なので、膨大な化石エネルギーで穴埋めせざるをえない。この燃料費が家計を圧迫し、排出されるCO2のせいで地球環境が悪化。われわれを破滅に追い込もうとしているのは、ご存知の通りである。
次に家計がピンチに陥った時、その健全化のために何から手を付けるかを想像してほしい。ほとんどの人は即効性がある「支出の削減」に真っ先に取り組むはずである。食費や交際費、保険や自動車などの支出を精査し、不必要なものから順に歳出カットの「大ナタ」をふるうことになる。断熱とは、まさに家からの余計な熱損失をバッサリ削減する大ナタに他ならない。断熱・気密はやり過ぎても害は少ないので、まずはコストの許す限りでしっかりと行うのが吉である。
歳出カットでひとまず縮小均衡を果たした後で、今度は収入増加を考えることになる。幸い日本の多くの地域では冬期であっても日射が豊富なため、開口部を適切に設計すれば日射取得の増加が見込める(図2)。こうして支出(=熱損失)と収入(=熱取得)をバランスさせることができれば、外からわざわざ借金(=化石エネルギー由来の熱)を投入せずとも快適に暮らすことが可能になる。まさに「熱財政の健全化」である。
暖房の消費エネルギー低減、さらに究極の無暖房住宅の実現のためには、熱取得と熱損失の「プライマリーバランス」を確立することがなにより重要。家計や国の財政と全く同じなのだ。
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