最近はライフステージに応じて家を住み替える人も増えてきましたが、日本ではまだまだ一生暮らすことを前提で家を購入するケースが多く、ご家族のこだわりが詰まった注文住宅ともなれば、ほとんどの人が終の住処と考えて家づくりをしています。

しかし数年先のことは想像できても、数十年先のことはなかなかうまく描けないもの。そこで今回は、築32年を経たお住まいに暮らすご夫妻のこれまでと今の生活から、ずっと心地いい家づくりのヒントを探ります。

子どもが一緒に暮らすのは、ほんの短い期間だけ

大きく育ったシラカバの並木が続く遊歩道の傍らに建つ、コンクリートブロック造の住宅。ここは札幌市の建築家、圓山彬雄さんが32年以上前に設計した家で、今はTさんご夫婦が2人で暮らしています。スキップフロアで構成され、広さは約38坪。コンクリートブロックの素材感や色・デザインのせいか、経年を感じさせない佇まいです。

コンクリートブロック造のシンプルなデザインは、今も古さを感じさせない
スキップフロアでつながる室内
スキップフロアでつながる室内

家づくりに際して、デザインや設計はほとんど圓山さんにお任せ。提案されたプランに「ちょっと狭いのでは」と感じたものの、予算の問題もあってこの広さに落ち着きました。建築当時Tさんの家は、夫婦2人に子ども3人の5人家族でしたが、お子さんたちは皆、卒業や結婚を機に順に家を離れ、今は夫婦2人暮らしです。

実はこのお住まいにはご夫妻の寝室以外に、個室は1つだけしかありません。お子さんが3人いた頃はどうしていたのか尋ねると「造り付けのカウンターが、3人の勉強机。受験生になった子に個室をあてがい、集中できる環境をつくりました」とTさん。お子さんたちには「自分の部屋が欲しい!」という不満もあったそうですが、今思えばそれは短い期間のことで、かえってリビングに自然に家族が集えて良かったといいます。

階段脇の個室は、受験生になったお子さんが順番に使った。こもることができる落ち着いた空間
階段脇の個室は、受験生になったお子さんが順番に使った。こもることができる落ち着いた空間

大切なのは、欲張らないこと

ご夫妻とも70代を迎えた今は「終活」を意識して徐々に家の中の物を減らす一方で、書籍類を片付けて空いたリビングの棚や、昔から大切に使い続けている食器棚やディスプレイキャビネットには、お父様が遺された陶器や工芸品のコレクションを飾って楽しんでいます。

10年ほど前に傷んだ内装などを改修しましたが、基本的なインテリアやデザインは建築当時のまま。それでも古さを感じさせないのは、時代に左右されない普遍的なインテリア選びやデザインのなせる技と言えるでしょう。実際Tさんは「デザインがシンプルだから、永く暮らしていても古びた感じがしないし、飽きないですね」と話します。

新築からおよそ32年。2人の時間が緩やかに流れる。大きなコーナー窓は手稲山を望めるように設計されたが、今では大きく成長した街路樹と建ち並んだ家々の陰に隠れて、ごく一部しか見えなくなってしまったという
新築からおよそ32年。2人の時間が緩やかに流れる。窓辺のカウンターは、かつてはお子さんたちの勉強机として使われていた
畳敷きの寝室を、フローリングに改修。キッチンもリフォームしたが、他は部分的な修繕程度でほとんどが当時のまま
畳敷きの寝室を、フローリングに改修。キッチンもリフォームしたが、他は部分的な修繕程度でほとんどが当時のまま
お子さんの寝室兼物置だった空間。今は奥さんが洋裁を楽しむ趣味の部屋に

家の広さについても、「当時は大きな家に憧れたけど、今はこのサイズ感が心地いい」とご夫妻は口を揃えます。ライフステージによって家族の年齢もライフスタイルも、家に暮らす人数も変わるもの。だから住まい手がその時々で工夫をしながら、暮らしやすい環境をつくっていけばいい。「家をつくるときに大切なのは、欲張らないことなのかもしれませんね」という何気ない奥さんの言葉に、末永く心地よい住まいの大きなヒントが隠されているような気がします。

家づくりは、選択の連続。間取りも設備もデザインも、先々にまで想いを馳せながら、ずっと心地よく暮らせる家のかたちを考えていきたいものですね。

(文/Replan編集部)

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