さらなる省エネ・省CO2が住宅の重要なテーマとなる寒冷地。 本企画は、独自の視点から住宅性能研究の最前線を開いている、東京大学の気鋭の研究者・前真之准教授に、「いごこちの科学」をテーマに、住まいの快適性能について解き明かしていただきます。 シーズン1に続く第2弾として2015年からは、それまでの連載の発展形「いごこちの科学 NEXT ハウス」としてリニューアル。
「北海道・寒冷地の住宅実例から考える室内環境について」をテーマに、断熱、開口部、蓄熱など、さまざまな視点から寒冷地における室内環境の改善ポイントを解説しています。東京大学大学院工学系研究科
建築学専攻・准教授
前 真之 (まえ・まさゆき)
2018年の夏も大変暑かったですね。この連載でも何度か冷房を取り上げてきました。今回は日本家屋の伝統的な夏対策を見直した上で、屋根の断熱の大事さ、そして家単体での対策を超えたエリアでの快適な住環境を考えます。
夏の日射で30℃プラス!?
夏の日中は気温が高いのも問題ですが、空から降り注ぐ日射熱が最大の脅威です。昼間に帽子や日傘がなければ体が太陽に焼かれてしまい、外を歩くのがひどくしんどくなります。
建築環境工学で必ず学生が学ばされる「相当外気温度」通称SAT温度を使えば、この日射の影響を気温に換算して扱うことが可能です。夏の昼、快晴時に降り注ぐ日射を気温に換算すると、気温が30℃以上高くなったのと同じインパクトがあります。気温が30℃であれば、屋根には60℃の外界が迫っているということになります。
断熱なしで日射熱を防げる?
夏の昼に建物を遠赤外線カメラで撮影してみると、屋根が非常に高温になっていることが分かります。日本の伝統的な住宅を例に、建物が断熱されていない場合の夏の熱環境を見てみましょう。まず図1を見ると、屋根の瓦は50℃近くにまで加熱されています。瓦は熱伝導率がそれなりにあるので、この表面温度は相当外気温度から若干低くはなるのですが、それにしても高温です。なお、今回の熱画像は屋外・屋内でなるべく分かりやすいように、温度レンジの上限・下限は適宜調整しています。画像右のカラーバーの数字を確認ください。
図2は軒先の様子です。軒裏は屋根瓦からの熱が伝わり、40℃近くまで加熱されています。屋根に断熱がないため、屋根面の熱がそのまま室内側に伝わってきてしまうのです。
この物件では軒先に葦簀(よしず)が立てかけられており、その影では温度がかなり下がっているのも分かります。こうして軒や葦簀・簾(すだれ)などを重ね合わせて、断熱なしで日射熱を遮蔽するのが伝統的な日本の夏の過ごし方といえます。
屋根と窓が最大の問題
断熱性能がない遮蔽部材を重ね合わせ、緩衝空間を設けて室内を守ろうとする日本の伝統住宅ですが、やはり限界があります。図3の書斎の熱画像が示すように、吊り天井の温度はかなり高くなっています。天井裏の空間があったとしても、無断熱では屋根裏からの日射熱を十分に防げていないのです。窓からの日射熱が夏の最大の敵であることはこの連載でも繰り返しお伝えしてきましたが、この断熱不足の暑い天井も、日本の家の大きな弱点なのです。
暑い天井は、夏最悪の局所不快
以前の連載でもお伝えしたように、温熱環境が快適であるためには、2つの条件が成立しないといけませんでした。「体全体の代謝熱量=放熱量の熱バランスがとれること」と「局所の不快がないこと」の2つです。
日本の家は断熱・気密性能が不足しているので体全体の熱バランスがとれない、寒すぎ・暑すぎの温熱環境がすぐできてしまいます。さらに、局所の不快も厳しいものがあります。冬には気密不足から頭と足元の空気温度の上下差が最大の問題ですが、夏は暑い天井による「放射・不均質」が最大の問題です。
図4に示すように、日本の多くの家は屋根の断熱が不足しているため、屋根が日射熱で加熱されると室内側の天井面まで高温になってしまいます。高温の天井面からの遠赤外線は頭を加熱するので、非常に不快に感じてしまうのです。
世界的に用いられている温熱環境指針ISO7730では、天井の温度は室温からプラス5℃以内を推奨、プラス7℃を上限としています。断熱は夏の快適性のためにも重要なのです。
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