さらなる省エネ・省CO2が住宅の重要なテーマとなる寒冷地。 本企画は、独自の視点から住宅性能研究の最前線を開いている、東京大学の気鋭の研究者・前真之准教授に、「いごこちの科学」をテーマに、住まいの快適性能について解き明かしていただきます。 シーズン1に続く第2弾として2015年からは、それまでの連載の発展形「いごこちの科学 NEXT ハウス」としてリニューアル。
「北海道・寒冷地の住宅実例から考える室内環境について」をテーマに、断熱、開口部、蓄熱など、さまざまな視点から寒冷地における室内環境の改善ポイントを解説しています。東京大学大学院工学系研究科
建築学専攻・准教授
前 真之 (まえ・まさゆき)
地球温暖化というと、問題が大きすぎてあまり実感がもてません。しかし大量の資源消費に伴うCO₂排出は、結局は我々の今の生活と社会が原因です。今回は「CO₂排出量」と生活の「時間」の2つの視点から、働く場所と暮らす場所の関係を考えていきましょう。
地球温暖化対策は大人には任せられない
地球温暖化対策への取り組みは、長い時間をかけて少しずつ行われてきました。1997年には先進国間で京都議定書、2015年にはほぼ全ての国が参加してパリ協定が締結されます。各国は二酸化炭素(CO₂)をはじめとした温暖化の原因となるガスの排出を削減する義務を負うことになりました。
しかしその後、アメリカのトランプ大統領はパリ協定からの離脱を表明してしまいます。その背景には、石炭や石油産業の利権保護があったといわれています。
2019年の春にヨーロッパ各地で中学生や高校生を中心に、より積極的な地球温暖化対策を求める学生たちによるデモが広がりました。既得権にまみれ、自分の世代さえ逃げ切れればよい。そうした身勝手な大人たちに地球のことは任せられない、という若者たちの強烈なメッセージは、世界中の注目を集めたのです。
地球温暖化対策に出遅れる日本
日本はかつて、地球温暖化対策のトップランナーでした。1970年代のオイルショックの後、省エネに熱心に取り組み、ハイブリッド車など世界をリードする技術を多く生み出しました。しかし東日本大震災以降の原子力発電の全停止などを経て、目先の景気浮揚が最優先になってしまいます。発電コストが安いからとCO₂を大量に排出する石炭火力発電を大増設する日本の方針は、世界から厳しく批判されています。
日本のCO₂排出量の推移を図1に示しました。経済成長と生活水準の向上により、最近までCO₂排出は右肩あがりに増加し、2013年に13.2億トンのピークに達しました。その後は震災後の節電でようやく減少が始まりました。
日本はパリ協定において、2030年に2013年比で26%のCO₂削減を国際公約としています。さらに2050年には80%減、2070年?頃にはゼロという長期目標を政府は検討中です。地球温暖化を食い止めるためには21世紀中盤までに世界の排出量をゼロにしなければならないこと、そして化石燃料は有限なのですから、最終的に排出量ゼロで暮らせる社会を目指すことは避けられないのです。
そもそもどこからCO₂が出ているの?
CO₂排出量ゼロで暮らせる社会を目指すということは、現在と全く違う社会構造が必要となります。2050年に80%減というと、1965年以前の水準に戻るということです。今から半世紀も前に「バック・トゥ・ザ・フューチャー」しなければならないのです。
最近、「ESG投資」という言葉がよく聞かれるようになりました。ESGとは環境(Environment)・社会(Social)・企業統治(Government)の略で、環境や社会に責任をもつキチンと統治された企業にお金を回す、ということです。目先の利益だけを追求し社会に「見えないコスト」を押し付ける身勝手な企業は、お金が回ってこなくなり退場するしかない。最近になって日本の銀行が石炭火力への投資を減らすと宣言したのは、こうした世界のプレッシャーがあります。もはや環境対策は社会や企業にとってリアルな責任であり、「守れなくても仕方がない」では済まされなくなっているのです。
そもそも、日本ではどこからこんなにCO₂が出ているのでしょうか。図2を見てみましょう。一番CO₂を出しているのは、工場(産業)で3分の1を占めています。そして業務ビル・運輸・住宅(家庭)がだいたい同じくらい、3つ合計で半分を占めています。つまり、「働く・動く・暮らす」といった日々の生活が、大量のCO₂を排出していることになります。
工場についても、そこでつくられる金属や車・機器は結局、「働く・動く・暮らす」ために使われます。結局ほとんどのCO₂は、我々の今の暮らし・社会を支えるために排出されている、ということになります。
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