さらなる省エネ・省CO2が住宅の重要なテーマとなる寒冷地。 本企画は、独自の視点から住宅性能研究の最前線を開いている、東京大学の気鋭の研究者・前真之准教授に、「いごこちの科学」をテーマに、住まいの快適性能について解き明かしていただきます。 シーズン1に続く第2弾として2015年からは、それまでの連載の発展形「いごこちの科学 NEXT ハウス」としてリニューアル。
「北海道・寒冷地の住宅実例から考える室内環境について」をテーマに、断熱、開口部、蓄熱など、さまざまな視点から寒冷地における室内環境の改善ポイントを解説しています。東京大学大学院工学系研究科
建築学専攻・准教授
前 真之 (まえ・まさゆき)
住宅性能や暖房設備が改善されるにつれ、冬に家の中が寒いという不満は少なくなりつつあります。一方で、冬には空気が乾いて不快だという「乾燥感」の問題がクローズアップされてきました。寒さより乾燥感のほうが気になるという人が少ないようです。この乾燥感は、加湿器を動かして水蒸気を増やせば解決するのでしょうか。今回はこの冬の乾燥感について考えてみましょう。
湿度の表し方いろいろ
まずはじめに、なぜ冬は室内が乾燥するのでしょうか。それは、「外の空気が乾燥している」からです。「空気が乾燥している」とは、「空気の中に水蒸気が少ない」ということを意味します。
湿度の表し方は、その目的や用途に合わせていくつも定義されています。一般によく使われるのは、湿度○%という「相対湿度」です。一方で建築環境の世界では、(乾燥)空気1キログラム中に含まれる水蒸気の重さを表す「絶対湿度」がよく使われます。「湿度○グラム」という言い方にはちょっと違和感があるかもしれません。しかし、空気に湿気を加える「加湿」、取り除く「除湿」を扱うには、この水蒸気の重さを直接グラムで表した絶対湿度が実は一番扱いやすいのです。本稿では絶対湿度はすべて、乾燥空気1キログラムあたりの水蒸気のグラムという意味で用います。
湿り空気線図から湿度を理解しよう
水が温まれば水蒸気になる、水蒸気が冷えれば水になる、という現象から分かるように、温度と水蒸気には密接な関係があります。この空気の温度と水蒸気の関係を示したのが、図1に示す「湿り空気線図」であり、建築環境工学において最も重要な図の1つです。
湿り空気線図は何やら、縦横斜めにゴチャゴチャと線が入っていてちょっと分かりにくく見えます。その読み方を図2に示しました。垂直の縦線は空気温度(乾球温度)を表し、水平の横線は絶対湿度を表します。とりあえず、この垂直・水平さえ分かればなんとかなるので、図1に戻りましょう。
東京の1月の外気平均温度は6℃・絶対湿度2.8グラム程度で、湿り空気線図にプロットすると左下にきて、低温で水蒸気が少ないことが分かります。東京の8月の平均温度は26℃・絶対湿度15.7グラムなので右上にきて、高温で水蒸気が多いことになります。冬と夏では、外の空気中の水蒸気の重さは実に5倍以上も差があるのです。
左上の限界カーブが飽和絶対湿度
空気が含める水蒸気の重さには限界があり、その限界は空気温度によって変化します。温度ごとの水蒸気の限界を表したのが、湿り空気線図の左上にある「飽和絶対湿度」のカーブです。
この飽和絶対湿度は、その温度の空気が含める水蒸気の重さの上限、「マックス値」を表しています。この飽和絶対湿度は温度で大きく変化します。6℃の空気の飽和絶対湿度は5.8グラムですが、22℃の空気では16.7グラムまで増加します。
空気が冷やされて飽和絶対湿度が低くなると中の水蒸気は居場所が小さくなり、結露して水になってしまいます。この結露の始まる温度が「露点温度」です。汗をかいているコップの表面は、この露点温度以下に冷やされているわけです。この露点温度は、後述する建物の壁表面や壁体内での結露で重要になります。
パーセントでは水蒸気の量はわからない
パーセントで表される「相対湿度」は、飽和絶対湿度に対する絶対湿度の割合を示します。その温度で空気が含むことができる水蒸気の限界に対して、すでに何割が埋まっているか、を表しているわけです。
東京の1月の外気に戻ってみましょう。温度6℃における飽和絶対湿度は5.8グラムなので、相対湿度は2.8グラム÷5.8グラム=48%となります。
相対湿度が低いということは、空気がもっと水蒸気を吸い込めることを表しています。相対湿度が低いと空気は水蒸気を吸い込みやすいので、人体の汗や洗濯物が早く乾くことになります。こうした分かりやすさが、相対湿度が広く使われる理由でしょう。
一方で、相対湿度には問題もあります。相対湿度50%といっても、空気温度が6℃であれば水蒸気の重さは5.8×0.5=2.9グラム、22℃であれば16.7×0.5=8.3グラムで全く異なった重さになってしまいます。相対湿度は、温度とセットで使わないとあまり意味がないのです。空気を頻繁に温めたり冷やしたりする暖冷房設備の世界で相対湿度をあまり使わないのは、この扱いにくさが大きな理由なのです。
加熱して加湿して
それでは、外から入ってくる1キログラムの空気を、室内で加熱・加湿してみることにしましょう。図1に戻ってください。6℃の外気を室内の暖房で22℃まで加熱すると、空気が吸収できる水蒸気の上限(飽和絶対湿度)は5.8グラムから16.7グラムに増えます。一方で実際の水蒸気は2.8グラムのまま全く変わらないのですから、22℃での相対湿度は2.8グラム÷16.7グラム=17%まで下がってしまいます。
それでは加湿をして、空気に水蒸気を追加してみましょう。相対湿度を50%にするためには、水蒸気の量を元の2.8グラムから8.3グラムまで、5.5グラム増やす必要があります。水蒸気の量を3倍に増やさなければならないのですから、加湿器もフル運転で動かさなければ追いつかないわけです。
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