「ここに暮らし続けたい」。 そう思えるまちには何があるでしょう。 利便性や快適性といった条件だけでなく、 愛着を持ってそこに行きたい、 住み続けたいと思える場所はどんなまちでしょう。 そんな疑問を解き明かすため、 Replanは「何もないまち」から 「なんでもあるまち」に形を変えつつある、 吉田村Villageを訪れました。
何もないまちに誇れる場所を
栃木県下野市に位置する旧吉田村。青々とした稲が敷き詰められた田園風景の中に吉田村Villageはあります。かつては宇都宮農協(JAうつのみや)吉田支所の事務所や倉庫、マーケットやガソリンスタンドがあり、農業を中心とした活発なコミュニティーが形成されていた場所でしたが、人々の生活圏の変化や農協の撤退などを経て、使われなくなった石蔵倉庫や事務所の建物が残されているだけの場所となっていました。
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この吉田村Villageを立ち上げたのは、ヴィレッジの村長でもある伊澤敦彦さん。東京で広告系のデザイナー、アートディレクターとして勤務したのち、いちご農家を営むお父さんがジェラート事業を開始するのをきっかけに栃木県にUターンしたといいます。そして2011年、道の駅しもつけ内に「GELATERIA伊澤いちご園」をオープンさせました。 「もともと地元が物足りなくて、高校を卒業後、東京へ出ました。地元には何もないと思っていたし、何かあって満たされていたら出ていかなかったと思うんです。戻ってきて余生をここで過ごすために、なんでもそろう場所をつくろうと、2014年に旧農協事務所を改装したイタリアンレストランをオープンさせました」。
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さらに、「何もないまちに誇れるものをつくりたい」と、県内外の飲食店やマルシェが集う「吉田村まつり」を開催。2021年に、もともと農協の跡地であった場所に吉田村Villageをつくり、毎日「吉田村まつり」が開催されているような空間をつくり上げました。
地域資源を 個性ある価値へ変換
人口減少や都市部への人口流出が増えるなか、地域資源はただそこに在るものとせず、どう活用して地域の個性に転化していくかで、人々にとっての「そこに暮らし続ける価値」が変わります。
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吉田村Villageは“農”と“食”をコンセプトにつくられた施設。「何もないと言いましたが、子どもの頃の僕にとってここは『出かける場所』でした。農協のスーパーやガソリンスタンドなんかもあってにぎわいの中心だったんです。幸い農業というコンテンツはあったので、農と食をフックに地域ににぎわいを取り戻そうと考えました」と伊澤さん。現在はアグリツーリズムの拠点として、宿泊施設として、休日ドライブの行き先として、県内外から注目を集めています。
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吉田村Villageの取り組みには、地域ならではの文化や歴史を内在させながら、「今」求められるつながりのカタチを模索している様子がうかがえます。
地域住民の拠り所をリノベーション
吉田村Villageのプロジェクトは農協の撤退や市町村合併を経て、自治体として消滅した吉田村の再興を目指したもの。地域活性化計画を実現させるため、伊澤さんをはじめ地元の農業従事者、プランナー、建築家が集い、プロジェクトを発足させました。「地元特産材である大谷石が使用され、地域に親しまれてきた石蔵倉庫や農業環境を地域資源と捉えて手を加えることにより、地域住民が集い住まう場と新たな地域の経済圏の確立を目指しました」。
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1940年頃建てられたという大きな石蔵は、構造的な負担に配慮して内部に鉄骨ラーメンの架構体を挿入し、鉄骨造に変換。大谷石は構造体から外壁材へと役割を変容させています。石蔵の施設に入り見上げると、木造の小屋組みと鉄骨の梁が交差し、素材のコントラストに不思議な居心地のよさを感じます。
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価値を受け継いでいく、これからのまちづくり
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「ここは、僕がそういう場がほしいと思って自分でつくってしまったけれど、本音を言うとお客さんとして行きたいんです。場所はつくったから、これからはここで商売をやりたいと思う人に来てほしい」。伊澤さんの言葉どおり、イタリアンレストランは2024年から新たな担い手を迎えて次のフェーズに入ったそう。これまでの取り組みで生まれたつながりや地域資源としての価値を、次の世代へと受け継いでいく準備が始まっています。
「何もない」ところに出かけたい場所をつくることで人が集まり、集まった人の個性が注がれ、新たな魅力や価値を発信する場所となる。吉田村Villageには、そんな単なる「まちづくり」を超えた価値の連鎖が広がりつつあります。
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◎取材協力 吉田村Village | https://yoshidamura.com