今の家づくりで「浴室」というと「ユニットバス」が主流ですが、注文住宅では家や敷地の条件に合わせた「在来工法浴室」をつくることもできます。今回は札幌市を拠点に道外でも住宅設計を手がける建築家の川村弥恵子さんに、その魅力やご自身が設計される際のポイントをうかがいました。
川村 弥恵子 Kawamura Yaeko
1964年札幌市生まれ。道内外で個人住宅や店舗、クリニックなどの設計を精力的に手がけている。TAO建築設計代表
< 押さえておきたい、この記事のポイント! >
□ 広さ・仕上げ・窓・サイズ・配置も、すべて自由なのが在来工法浴室の一番の魅力
□ 設計・施工の正しい理解とノウハウが不可欠
□ 美しくつくり込まれた浴室は、家の満足度を高める
今の住宅の浴室の定番。 「ユニットバス」とは?
多くの方にとっての浴室は、大手住設機器メーカーのショールームで見ることができる「ユニットバス」だと思います。
「ユニットバス」は一般的に、工場などでつくられる床・壁・天井・浴槽などのパーツを住宅の建築現場で組み立てて完成させる浴室。防水性や断熱性を考慮した一体型の設計で、現場での施工がしやすく、仕様や設備の選び方によってはコストダウンがしやすいという特徴があります。メーカー保証が効くのもメリットでしょう。高級グレードになると、打たせ湯や自動洗浄ができる浴槽、オーディオ機能など、高機能な設備を選べたりもします。
ただし内装仕上げ材や水栓金具、浴槽などは限定された条件と選択肢の中からしか選べません。広さも1坪、1.25坪などモジュールが決まっていて、窓を設けるにしても、開口の取り方や仕上げには制約がありますね。
自由度の高さが 「在来工法浴室」の最大の魅力でメリット
一方で、高級な旅館やホテルのような浴室もあります。これは住宅建築で「在来工法浴室」と呼ばれるフルオーダーメードのバスルームです。
ユニットバスは、機能が整った箱を住宅の軸組の中にはめ込むようなつくりですが、在来工法浴室は他の部屋と同じく構造材で浴室のスペースを設け、防水処理などをして内部をつくり込みます。浴槽や内装仕上げの素材、水栓金具などが自由に選べるので、より住宅のデザインや住まい手の好み、ライフスタイルに合ったバスルームがつくれます。
何よりも大きな特徴は、「オープンな浴室がつくれる」こと。洗面脱衣室とつなげたり、浴室内の一角にサウナをつくったり、他の空間と一体的に設計することができます。
ただし留意点もあります。ユニットバスは設備として漏水対策がなされていたり、換気システムを組み込む設計になっていたりしますが、在来工法浴室はすべて家に合わせて設計・施工します。水漏れを防ぐためのFRP(ガラス繊維強化プラスチック)などの防水処理や、換気計画の正しい施工が必須です。その意味では、施工実績の多い建築会社を選ぶことも重要ですね。
川村さんが実践する
「心地よい浴室」設計のポイント5
POINT1|空間
広がりを感じさせる「つながり」をデザイン
「他の空間と連続性を持たせることができる」。これが、在来工法浴室の魅力であり、ユニットバスとの大きな違いです。
私は、浴室に扉を付けず、洗面脱衣室と空間をつなげて設計することが多いです。扉を付けると1坪の浴室は「1坪」と限定されてしまう。扉がなければ視線が延びて空間がつながり、1坪はそれ以上の広がり感を持ちます。
レイアウトとつくりを工夫すれば、シャワーのお湯が跳ねたり流れ出したりすることはないですし、浴室の換気扇で空気の流れを制御するので、湿気が洗面脱衣室へ極端に回ることもありません。
設計で意識するのは「線を減らして見たいものだけ見える空間をデザインする」こと。素材のバランスや統一感に配慮し、機能上必要なものは納まりの工夫などで消していく。そうすると内装の素材感や光、外の景色を集中して味わえる空間をつくることができます。
「窓・換気・照明」が外の景色を楽しむ条件
敷地条件やご予算にもよりますが、私はできる限り「バスコート(浴室の外の囲われた庭)」をご提案します。外を楽しむためには、外部から見えないよう家の配置や間取りを考えつつ、気持ちいい景色をつくる必要があります。
浴室と外をつなぐのは「窓」です。窓の下端は浴槽と同じ高さに。窓枠をなくして、湯船につかりながら無理なく自然に外が楽しめるようデザインします。
その際に欠かせないのが、「換気」と「照明」の計画です。窓が湯気で曇らないようにし、調光式の照明で室内をぐっと暗くすることで、夜の静かな雰囲気の中、明かりに照らされた庭を楽しめるよう配慮しています。
POINT2|浴槽
「ホーロー」の浴槽は体の芯から温まる
浴槽の選択肢としては主に「FRP(ガラス繊維強化プラスチック)」「人造大理石」「ホーロー」の3つがあり、私はホーローの浴槽をよく使います。
ホーローは、鋳鉄(鋳物の鉄)の表面をガラス質の厚い膜でコーティングした素材。つるっとした質感が気持ち良くて傷がつきにくく、掃除がしやすいです。また、鋳鉄の輻射熱による遠赤外線効果なのでしょうか、お湯がまろやかになって湯冷めがしにくい。素材の持つ力は水に大きく影響します。
洗い場からの浴槽の高さは30㎝程度に
ユニットバスは、洗い場の床から浴槽の縁までの高さが40㎝くらいですが、在来工法浴室は浴槽の高さも自由です。浴槽と洗い場との高さの差が30㎝だとまたぎやすくて空間の重心が下がるので、見た目にも気持ちいい空間になります。
POINT3|設備
換気ユニットは天井裏に設置
浴室は換気が重要ですが、私が設計する際には「チャンバー」と呼ぶ、防水をかけた大きな換気の箱をつくって天井裏に設置します。そこにセントラル換気の排気口をつなげ、天井の3方に切ったスリットから浴室内の空気をチャンバー内に引き込んで換気しています。この手法だと、天井面がすっきりと仕上がります。間接照明を入れる場合は、そのボックス内に排気をつなげることもあります。
オーバーヘッドシャワー+手持ちシャワーが便利
事務所棟の浴室では、憧れもあって天井直付けのオーバーヘッドシャワーと壁付けの水栓金具を取り付けましたが、これが意外と不便で…。その教訓から、自邸ではオーバーヘッドシャワーと手持ちのシャワーが一体化した水栓金具を採用しました。
オーバーヘッドからのお湯のタイムラグがあまりなく、これは便利です。個人的にはシャワーがあれば、吐水口は不要だと思っています。壁面の要素が一つ省かれて、見た目にシンプル、掃除するパーツも減ります。
排水口は床と一体化させて美しく
排水口は、寸法が150×600㎜の浅型タイプを使用。水が流れるようスリットを入れ、床と同色のタイルを上からかぶせて、掃除のしやすさと見た目の美しさを両立しています。
POINT4|内装仕上げ材
壁でよく使うのは、防水系の左官材
かつては「タイル」がメインで、あとは「ヒバ」や「ヒノキ」などの木でしたが、最近は防水系の左官材が出て、選択肢が広がりました。
私は「モールテックス」をよく使います。仕上げの雰囲気が良いのはもちろん、掃除も簡単。つくり手側からすると、目地割を気にしなくて済むので設計の自由度が上がり、施工がしやすいのも利点です。価格もタイルよりは手頃だと思います。
床は浴室使用が可能な大判のタイル。天井は隣の洗面脱衣室などとのつながりも考えて、スギやヒバの羽目板にして全体を感じ良く仕上げています。
POINT5|メンテナンス性
掃除しやすい環境を整える
浴室を気持ちよく保つには定期的な掃除が欠かせません。メンテナンスしやすくするコツは、シンプルに「要素=物を減らすこと」。シャンプーラックや掃除道具などを浴室内に置かなければ、お手入れしやすくなります。
最近のご家族は、それぞれがお気に入りのシャンプー類を使うことが多いので、私はカゴにまとめた「お風呂セット」を各々が浴室に持ち込み、お風呂から出るときにカゴを拭いて、脱衣室に戻す方法をご提案しています。
「ガラス面が汚れて、水アカ掃除が大変そう」とも言われますが、そんなことはありません。ユニットバスでも同じですが、壁面に飛び散った石けん汚れなどは最後にシャワーで流して、スクレイパーで水滴を落とす。これを入浴後の習慣にできれば、あとはときどき排水口掃除をすればいいだけ。むしろお風呂掃除の頻度を減らせるでしょう。
水まわりへのこだわりは、
家全体の高い満足度につながりやすい
私がこれまで家づくりをしてきた経験からの実感ですが、水まわりを良いものにすると、お施主様の住まいへの満足度がぐっと上がります。もちろん人によりますが「家を建てて良かったな」と思うポイントは主に「キッチン」と「浴室」で、対投資効果がものすごくあると感じます。
在来工法浴室を実現するにはある程度の費用が必要ですが、私が設計する住宅の場合、設備的な機能が充実した高級グレードのユニットバスと比べれば、このほうが安価で、空間として意匠性と使いやすさを兼ね備えた浴室をつくることができます。
居心地の良いバスルームが自宅にできたことで、日々の暮らし方自体が変わったご家族もいます。せっかく注文住宅を考えるなら「自分たちらしい憧れの浴室」を叶えられるといいですね。