さらなる省エネ・省CO2が住宅の重要なテーマとなる寒冷地。 本企画は、独自の視点から住宅性能研究の最前線を開いている、東京大学の気鋭の研究者・前 真之准教授に、「いごこちの科学」をテーマに、住まいの快適性能について解き明かしていただきます。 シーズン1に続く第2弾として2015年からは、それまでの連載の発展形「いごこちの科学 NEXT ハウス」としてリニューアル。
「北海道・寒冷地の住宅実例から考える室内環境について」をテーマに、断熱、開口部、蓄熱など、さまざまな視点から寒冷地における室内環境の改善ポイントを解説しています。東京大学大学院工学系研究科
建築学専攻・准教授
前 真之 (まえ・まさゆき)
2023年は観測史上最も暑い夏となりました。今年はさらに暑くなるという予想もある中、健康・快適に夏を過ごすために冷房は必要不可欠です。今回は、冷房をしっかり効かせるために「断熱」が必須な理由と、人に不快感を与えずに家全体をムラなく冷やす、快適な冷房方式について考えてみましょう。
2023年の夏は観測史上最も暑かった
2023年は、世界中で観測史上最も暑い夏となりました。国連事務総長が「もはや地球沸騰である」との声明を出したほどです。
すでに連載35回目「日本の夏のアブナイ蒸し暑さ」で各地の気温変化を取り上げましたが、再度100年前の1920年から2030年までを並べてみると、いかに2023年の夏が暑かったのかがハッキリ分かります(図1)。
①の最高気温で見ると、いずれも2℃以上上昇しています。特に札幌は、1920年代の32.5℃から2023年には36.3℃、前橋も35.4℃が39.0℃と、4℃近くも上昇しているのです。次に②の日最高気温が30℃以上となる「真夏日」も急増しており、2023年では温暖地の多くで約90日と丸々3ヵ月、東北の盛岡・仙台でも約60日、札幌ですら30日と、日本中で30℃越えが当たり前になっています。
さらに③の日最高気温が35℃を超える「猛暑日」は、1980年代までは全国でほとんどゼロ日だったのが、2023年には前橋で36日、東京で22日、福岡で17日と、連日発生するまでに増加しました。東北や札幌などの寒冷地でも猛暑日が発生するようになってしまったのです。
昼が暑いのみならず、夜も気温が下がりません。④の日最低気温が25℃を下回らない「熱帯夜」も、100年前には沖縄以外ではほとんどなかったのが全国で急増。温暖地や仙台では2ヵ月近く寝苦しい時期が続くようになりました。
熱中症患者数も過去2番目
厳しい暑さを受けて、熱中症の患者数も急増しました。図2の熱中症による救急搬送人数を見ると、2023年は9.1万人と、2018年に続き2番目の多さとなりました。
うち、高齢者の割合が54.9%、発生場所は住居が39.9%となっています。また7月に患者数が多いことから、梅雨明け後に急激に暑くなる中、冷房使用をためらったばかりに熱中症になってしまう人が多いようです。
さらに恐ろしいことに、気象庁は今年の2024年の夏はさらに暑くなると予想しています。高齢の人は家にいるからといって油断は大敵。テレビやネットで日ごとの暑さ予報をチェックして、暑くなりそうだったら躊躇なく冷房をつけるようにしましょう。連載35回目で取り上げた暑さ指数(WBGT)は、気温だけでなく湿度や放射温度も考慮した、より信頼できる暑さの指標です。環境省の熱中症予防情報サイトをチェックしたり、自室に計測器をおいて、暑さ指数をチェックしてみるのもおすすめです。
遮熱で夏対策は過去の話
熱中症の予防に最も有効なのは、なんといっても冷房をつけること。ところが、連載39回目の「断熱改修は教室の暑さ対策にも有効!」で取り上げたように、夏が年々暑くなる中で冷房が効かない学校が増えています。
冷房が効かない大きな原因は、無断熱の屋根・天井と、無遮蔽の窓から侵入する日射熱です(図3)。
窓はガラスの外側にすだれやよしずをぶら下げるだけでも十分に遮蔽できますが、問題なのは屋根・天井です。反射塗料を塗ったり屋上緑化をするなどの「遮熱」で十分ではないか、という意見をよく聞きます。
「遮熱」には、放射による熱移動をカットする、という意味があります。反射塗料を屋根に塗れば太陽からの日射熱を反射する、屋上緑化であれば日射熱を吸収して水蒸気の潜熱に変えて、室内への熱侵入を減らす効果があります。こうした遮熱による対策は、比較的簡便で低コストなので、以前からよく用いられてきました。
図1で見たように、1980年頃までは真夏日も猛暑日も少なく、日中でも気温がそれほど高くなかったため、遮熱で日射熱さえ防げばしのぐことができたのです。筆者が1980〜1990年代に通学していたときも、それほど夏が暑かったという記憶はありません。
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