全国各地に分布する古民家の姿を見ると分かるように、住宅のデザインは元来、建物が立つ地域固有の文化や気候風土を強く反映するものです。
今回、Replan編集部が訪ねた「MOKU-SUI -木粋-」は、秋田の気候風土や住まい方を熟知した建築家と地域工務店がコラボレーションし、「秋田で暮らし続けること」をテーマにしたコミュニティー形成型分譲地のプロジェクト。地域に深く根ざした設計コンセプトから生まれた住宅群を通して、地方だからこそ生まれる建築デザインの可能性を考えます。
過疎地域の活性化を
空き家の利活用が出発点
秋田県美郷町。県南エリアに位置するこの町内に、「MOKU-SUI ‒木粋‒」としてつくられた3棟の住宅が立ち並んでいます。プロジェクトを提案したのは、同町内で70年にわたって工務店を営む小田島工務店です。
「美郷町は、高齢化もあって空き家が増えています。地元の建設会社として街を活性化するための利活用を考えたときに、ちょうど建物付きの少し広い土地を見つけました。そこで県内の建築家とコラボして、既存建物のリノベーションに加え、敷地内に新築を2棟建てたら面白いのではないかという話になりました」と、同社代表の小田島 誠さんは経緯を振り返ります。
声をかけたのは、西方設計の西方里見さんともるくす建築社の佐藤欣裕さん、やまと建築事務所の松塚智宏さんです。3名とも「こういう機会はなかなか得られないので、興味を引かれた」と口をそろえます。
小田島工務店がこのプロジェクトの設計の条件としてオーダーしたのは、「秋田杉の外壁材を用いた外観にすること」「周囲の景観になじむデザインであること」「周辺環境までデザインすること」の3点。それらを前提とし、普段から一緒に仕事をする機会が多く、早くから話を聞いていた松塚さんがリノベーションを、西方さんと佐藤さんが新築をそれぞれ担当することで話がまとまり、プロジェクトは始動しました。
北棟(設計:西方設計)
秋田県の高断熱・高気密住宅の第一人者である西方さんが設計した約22坪の平屋。北側に水まわりと収納、南側に可変性のある広い居住スペースを配している
中央棟(設計:もるくす建築社)
県産材やリサイクル材を用いた独自工法の開発なども手がける佐藤さんが設計した約19坪の平屋。動線や開口の工夫で、コンパクトさを感じさせないつくり
リノベ棟(設計:やまと建築事務所)
地元で医療・福祉、農業、商業等の施設も手がける松塚さんが設計したリノベ住宅。2階建てを約30坪の平屋に減築し、子育て世代の家族でも暮らしやすい間取りに
県南ならではの雪の問題を
街の魅力の「湧き水」で対処
プロジェクトチームがまず検討したのは、雪の対処方法です。豪雪地帯である県南地域の建築では、「いかに労力をかけず、安全に敷地内の雪を処理できるか」が、大きなテーマになります。そこで出されたのが、「湧き水」を利活用するアイデア。提案したのは、同町内に事務所を構え、美郷町の気候風土を熟知する佐藤さんでした。
建築地は古来より水資源の豊かさで名高く、近くには「六郷湧水群」と呼ばれる名所がある地域です。そこで、3棟並ぶ建物を挟むように敷地内の南北方向に2本の水路を通し、屋根から滑り落ちた雪が水路を流れる湧き水で自然にとけるような仕組みを、外まわりにデザインすることにしました。
「玉石を敷き詰めた水路とその脇の植栽によって、この区画一帯に連続性が生まれ、街の景観を形成する役割も担っています」と、佐藤さんはその複層的な効果を説明します。
各住宅の屋根はすべて、水路に向けて勾配を付けて設計されています。今シーズンは例年になく積雪が少なかったそうですが、屋根に降り積もった雪は、プロジェクトメンバーが意図したとおりに水路の方へと落ちています。敷地の前の生活道路とも十分な距離があるため、落雪による事故のリスクが少なく、安心して暮らせそうです。
●Perspective 1 湧き水
敷地を挟むように流れる湧き水は、主に2つの機能を有する。1つは雪への備え。降り積もって屋根から滑り落ちた雪を受け止めて徐々にとかすことで、手間をかけず安全に積雪に対処できる。2つ目は、気持ちがいい景観。玉石を敷き詰めた水路が、敷地の区画をさり気なく示し、暑さの厳しい夏には、湧き水のせせらぎが心地よい涼をもたらす。
<積雪への備え>
一方で豊富な湧き水は、湿度の高さも意味する。実際に既存住宅は、土台などが湿気でだいぶ傷んでいた。そのためリノベーションでは、防湿コンクリートスラブを追加するとともに床下の通気を確保して、先々まで安心して暮らせるよう土中からの湿気を軽減する対策を施した。
<先々を考えた湿度への対策>
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地元だからできる秋田杉の生かし方
秋田県の資源である秋田杉をふんだんに生かしている点も、「木粋」プロジェクトの大きな魅力です。とりわけ西方さんが設計した平屋は、その特徴が顕著に表れています。外壁は、小田島工務店が条件とした秋田杉の外壁材。隣に並ぶ佐藤さん設計の平屋も無塗装で仕上げていて、時間の流れとともに自然な経年変化を楽しめます。
室内に入ると、秋田杉のやわらかな質感に満ちた大空間が現れます。梁や柱などの構造材や幅広のフローリングも、すべて秋田杉。さらには切妻屋根の形状をそのまま生かした勾配天井もスギ材を張って仕上げていますが、西方さんによると、ここに用いた部材は秋田で通称「パンの耳」と呼ばれる銘木の端材なのだそう。
「『パンの耳』は良材とされるスギの赤身(芯材)の縁の部分で、一般にはあまり流通していません。でも私は長きにわたり能代市を拠点に建築に携わってきて、地元の製材工場で扱っている製品をよく分かっているため、こういった地元の部材を住宅に生かすことができます」と西方さん。
木造住宅では、良材をリーズナブルに手に入れられる環境が身近にあることも、建物の質の向上やデザインの可能性に大きく関わります。秋田の木造文化の地域性や独自性が、「木粋」の住宅群の素材の使い方にもよく表れています。
●Perspective 2 秋田杉
内外に秋田杉を生かした意匠が「木粋」の大きな特徴の一つ。北棟の外壁は秋田杉のファサードラタン、中央棟は大和張り、リノベ棟は縦張り+塗装仕上げと、同じ材でも張り方や色が違うと、異なる表情に仕上がる。また、畳や石といった異素材との組み合わせが、木づくりの空間の魅力をより引き立たせている。
室内外の現しの構造材の美しさは、木を適切に扱える大工の技があってこそ。秋田杉を積極的に活用することは、心豊かな住空間をつくることはもちろん、秋田の森林保全や次世代への大工技術の継承、資材の運搬にかかるエネルギーやコストの削減など、多方面に好影響を及ぼす。
古くからの町に鮮度をもたらす
新コンセプトの戸建て住宅群
この3棟は、美郷町内でも古くからある町中に立っています。松塚さんは「郊外の開発地ではなく、古い地域の中の空き家のある土地に新しい住宅群を挿入したことが、今回の一番の面白さであり、価値だったと思う」と、プロジェクトを振り返ります。その言葉を裏付けるかのように、「この辺りの雰囲気が変わったね」という声を小田島さんは耳にするといいます。
今、全国各地で地場産業の衰退が進んでいて、住宅も例外ではありません。プロジェクトメンバーは「今後は材料の供給体制も、職人不足も問題になってくる」と、危機感を抱いていますが、一方で秋田のように林産業が盛んな地域では、自社の工場で木造躯体の一部を大型パネル化するなどの工夫で、生産地のメリットを生かす可能性も見い出しています。
また今回の住宅は、小田島工務店の若い職人たちを中心に施工されました。木の意匠性が求められる現場で、皆、楽しそうに仕事をしていたそうですが、地域に暮らす若い人材もまた大切な資源です。
空き家対策に町の活性化、若い職人の育成、心身ともに快適な住環境のデザイン…。古くからの町に鮮度をもたらした新コンセプトの戸建て住宅群は、「材料も技術も人も地産地消をし、よりよい家と街をつくる」という地方での建築デザインが秘めるポジティブな未来を感じさせます。
●Perspective 3 住宅性能
3棟は、パッシブ設計の手法を取り入れた高断熱・高気密住宅。長くて暗い冬を明るく過ごすための大開口や、それによる日射や目線をコントロールする外付けブラインド、深い軒の出、夏場の通風を考慮した引き戸…。美郷町特有の自然環境と共存し、一年を通して健康に快適に暮らすための工夫が随所に見られる。
エコで省エネな暮らしが実現できる「長寿命な躯体性能」を担保することで資産価値を高め、「地域に根ざした建築として、次世代へ住み継いでいく」という持続可能性も考慮されている。
取材協力 株式会社 小田島工務店 https://www.odasima.co.jp