大きな家の冬の寒さ対策として
木質バイオマスである薪を有効利用

旭川市内に立つ大きな家に、二人で暮らすMさんご夫妻。「この家は私が生まれ育った実家です。敷地内の別棟に住む高齢の父の近くで暮らすために、引っ越しを決めました」と、奥さんは話します。

移り住むにあたり、最も不安だったのが冬の寒さ。床暖房は既設されていますが「父はいつもリビングの扉を閉め切って、局所的に暖めることでなんとか冬をしのいでいました」と、家の広さと反比例して冬の暮らしは窮屈なものでした。そこで奥さんが希望したのが薪ストーブでした。

ご夫妻は以前暮らしていた家で、すでに10年近く薪ストーブやペレットストーブを使っていた大ベテラン。また旭川市内で電気工事業を営むMさんは、「京都議定書で国際公約した温室効果ガス削減に向け、企業として、個人として何ができるのかと考えたときに思い至ったのが、薪ストーブやペレットストーブといった木質バイオマスストーブの利用でした」と、導入に至った背景を語ります。

実際、Mさんは事業の一環として木質ペレットの製造にも取り組み、旭山動物園から委託を受けてペレットの提供を始めるなど、公私ともに環境問題への貢献に力を注いでいます。

塀の高さに合わせて作った薪棚には、3年先まで心配のない大量の薪が準備されている。薪はMさんが全て自ら調達している
塀の高さに合わせてつくった薪棚には、3年先まで心配のない大量の薪が準備されている。薪はすべてMさんが自ら調達している

「薪ストーブの暖かさは十分に熟知していましたし、夫の会社は林業を事業として登録していることもあって端材が入手でき、薪の調達には困りません。私たちにとっては、経済的に考えても炎の力が一番だと思ったんです」と、薪ストーブ導入を見据えたリフォームを決意しました。

住宅事情と要望にフィットした
BRUNNER社の「Tunnel 62/76」

薪ストーブの相談先としてご夫妻が選んだのは、旭川の薪ストーブ専門店「コロポックル」です。同社の母体で建設業を営むコタニ工業はMさんの会社との付き合いが長く、仕事を通じて信頼関係も築かれていたので、安心して相談することができたと言います。

Mさん宅は、大きな吹き抜けがある玄関ホールが特徴の一つ。玄関に一歩足を踏み入れると目の前に広がるこの圧倒的な開放感は、気持ちよさの一方で、冬の寒さの根源にもなっていました。

リフォーム前のMさん宅の玄関ホール

「玄関ホールの冷気は、吹き抜けを介して2階へダイレクトに流れていたので、玄関を暖めることが一番の寒さ対策になると考え、玄関ホールとリビングに1台ずつ薪ストーブを置こうとしていました」と、奥さんはリフォーム前を振り返ります。

当初設置を検討していたのは、ドイツの薪ストーブメーカー、BRUNNER社の蓄熱式暖炉「BSO 02 Tunnel」です。コロポックルのショールームで見て、その細身のフォルムやモダンな雰囲気に一目ぼれしたそう。

対して「薪ストーブの扱いに慣れているとはいえ、2台置きは手間がかかると思いました」と話すのは、同店担当の橋口宏二さんです。2台でそれぞれの空間を暖めるよりも、馬力のある1台で玄関とリビングの両方を暖めたほうが効率的と考え、試行錯誤の末にたどり着いた答えが、同じBRUNNER社の蓄熱式暖炉「Tunnel 62/76」でした。

01)	圧巻のスケール感を誇る玄関ホールの大空間に鎮座する「Tunnel 62/76」。煙突の直径も暖炉のボリュームに合わせてひと回り大きなものを使っていて、煙突の輻射熱が、2階ホールを暖かくするために一役買っている。暖炉のコンクリートに合わせて石調のクロスに張り替えた
圧巻のスケール感を誇る玄関ホールに鎮座する「Tunnel 62/76」。煙突の直径も暖炉のボリュームに合わせてひと回り大きなものを採用。煙突の輻射熱が、2階ホールを暖かくするのに一役買っている。暖炉のコンクリートの質感に合わせ、壁面を石調のクロスに張り替えた

「Tunnel 62/76」は、大きな両面ガラスが特徴の蓄熱式暖炉。橋口さんは玄関ホールの壁面中央のアルコーブ(壁の一部をくぼませた空間)を利用して壁を抜き、リビングと玄関の両サイドから炎を楽しめるプランを考案しました。

玄関の引き戸を開けると、正面にはゆらめくダイナミックな炎。蓄熱効果のあるコンクリートパネルが囲むモダンな佇まいは存在感抜群で、思わず息を呑む迫力です。

玄関ホールの正面に鎮座する「Tunnel 62/76」。「この機種は、商業施設などの広い空間の中心に置かれるのがほとんどです。壁に設置していたり、ましてや住宅ではまず見ることのできない光景だと思います」と橋口さん
玄関の引き戸を開けると目の前に大きな炎がゆらめく。「この機種は、通常は商業施設などの広い空間の中心に置かれます。壁面に組み込むのはもちろん、住宅ではまず見ることのできない光景だと思います」と橋口さん
炉壁は目に見える部分は漆喰で仕上げ、本体の裏側に当たる箇所はスレートを張っている
炉壁は目に見える部分は漆喰、本体の裏側に当たる面にはスレートを張って仕上げた
奥さんの妹から譲り受けたという持ち運びにも便利なバスケット。適量を薪棚から運び出し、玄関とリビングにそれぞれ置いている
奥さんの妹から譲り受けた持ち運びにも便利なバスケット。適量を薪棚から運び出し、玄関とリビングにそれぞれ置いている

リビング側へまわるとその様子は一変し、壁面と一体化したガラス面の奥に薪が静かに炎をたたえます。そこはまさに、暮らしになじんだ癒やしの空間。輻射熱でリビングはしっかりと暖められ、炎が心地よい穏やかな時間が流れます。

リビング側はインサート型暖炉に見えるよう、壁に近接して設置されていますが、リビングは壁の素材が木。そのため暖炉本体が接する裏側にはスレートを張って防火性を担保し、ガラス面周辺は同社で造作した鉄のフレームで囲うことで安全対策を施しました。

リフォーム前のリビング側の様子
リビング側から暖炉の炎を眺める。ガラスの窓面に合わせて壁を抜いているので、リビング側から見るとインサート型の暖炉に見える。リビング側の壁は窓面を囲む周辺のみに手を加えたため、工事費用の圧縮にもつながった

また、Mさん宅は玄関ホールも含めて床暖房が入っているため、ストーブまわりのみ、床下の回路を外して再構築する必要がありました。

「玄関ホール側は炉台として鉄板を敷いていますが、さらに床下にモルタルを入れて固めています。これはコンクリートで覆われた重量のある機種を、しっかりと安全に支えるためです」と橋口さん。

リフォームによる後付けならではの見えない部分への試行錯誤や工夫が数多く必要でしたが、母体が建設業であるコロポックルならではの施工力で、導入に際して直面したさまざまな課題を乗り越えることができました。

ダイナミックな炎の先に、リビングの様子が見える。寒さで長居ができなかった玄関ホールは、階段に腰を下ろしながら炎を眺める居場所のひとつに
ダイナミックな炎の先に、リビングの様子が見える。寒さで長居ができなかった玄関ホールは、階段に腰を下ろしながら炎を眺める居場所のひとつとなった
玄関、リビング双方から薪をくべることができるので使い勝手も抜群。コロポックルが造作した鉄のフレームがアクセントに
玄関、リビング双方から薪をくべることができるので使い勝手も抜群。コロポックルが造作した鉄のフレームがアクセントに
窓はスライドオープン式なので、好みの位置で止められるのも便利。ハンドルと窓の開閉で火力を調整するシンプルな操作性も魅力
窓はスライドオープン式で、好みの位置で止められ、便利。ハンドルと窓の開閉で火力を調整するシンプルな操作性も魅力
コロポックルの橋口さんとMさん。「この設置方法を提案された時に、玄関とリビング間に設置するという方法があったか!と驚きました」とMさん。Mさんご夫妻は全幅の信頼を橋口さんに寄せている
コロポックルの橋口さんとMさん。「玄関とリビング間に設置するという方法を提案をされたときには、そのアイデアがあったか!と驚きました」とMさん。ご夫妻とも、橋口さんに全幅の信頼を寄せている

寒さの根源だったボリュームのある玄関ホールは、今は室内の暖かさの源に。リビングの扉を閉め切る必要もなくなりました。奥さんは「玄関ホールに入るとすぐに包まれる暖かさに感激しています。あれほど寒かった2階の寝室も常に暖かく、睡眠時の心地よさは以前とは比べものになりません。リビングでくつろぎながら、静かに炎を眺めている時間が幸せです」と笑顔を浮かべます。

大きな格子の引き戸の先に見える、薪ストーブの炎。ドラマチックな光景が、来客を出迎える
大きな格子の引き戸の先に現れる薪ストーブの炎。ドラマチックな光景が、来客を出迎える
住み慣れたリビングに現れる炎は、日常と非日常の境界線。大きなガラスからの輻射熱が、広い室内をくまなく暖めてくれる
住み慣れたリビングで揺らめく炎は、日常と非日常の境界線。大きなガラスからの輻射熱が、広い室内をくまなく暖めてくれる

来客時に出迎えてくれる玄関ホールのパブリックな炎、食事やお酒を楽しみながら自分たちの時間を過ごすプライベートな炎。両面ガラスが映し出す美しい炎が、ほっとできる暖かさとともに、住まいの表情と冬の暮らしをより豊かに彩っています。