「家を持ちたい」と思ったとき、今どんな暮らしをしたいかをイメージしながらあれこれと計画を練る楽しみは家づくりの醍醐味です。しかし、その家で過ごす10年後、15年後の暮らしがどんなものになるか、イメージすることは少し難しいかもしれません。
注文住宅を建てたり、リノベーションをして長年住んでいる人の暮らしはどんなものなのか。新築時に思い描いていたとおりなのか、思わぬ変化が訪れているのか。築10年以上のお宅を訪問し、日々の暮らしぶりと年月を経て変わらないこと、変わったことを聞いてみました。これから家づくりを考える人に参考になるお話が、あふれています。
眼下に広がる絶景に魅せられたHさんご夫妻が建築家、赤坂真一郎さんに設計を依頼し、新居を構えたのは2003年。当時、長女は2歳、次女は生まれたばかりでした。「住まいの常識にはとらわれず、すべての場所をオープンにし、空間全体を家族みんなで共有する開放的な家にしたいと思いました」とHさん。
「個室」という概念を取り払って完成させた新居の象徴的存在が、リビングの一角に設けた見晴らしのよいトイレ。新築時2歳だった娘さんのトイレトレーニングのために、腰壁だけで覆って仮設されたものでした。実は今でも、2階のトイレは現役です。「面白いもので、慣れはやがて日常になり、家族の当たり前になりました。小さい頃からなじんできたせいでしょうか、10代になってもいまだに娘たちが一番使っているんですよ」。
そう語るHさんは設計時、子ども室は寝る場所、遊びや勉強は2階の広い空間を好きに使えばよいと考えていたそう。それも、いつしか娘さんたちにとっては「わが家の当たり前」になりました。現在、長女は家族で使うことがなかったキッチン横のダイニングを自分の部屋と決め、ロフトベッドで寝起き。高校生になった次女は、リビングの一角で勉強するのがお気に入り。家族が傍らで何かしていても、一向に気にする様子がありません。
1階の使われていない子ども室は、手仕事が好きな奥さんの趣味室に役割を変えました。「扉のない暮らしが、想定以上の自由で風通しのいい家族関係をつくりました。まぁ、それもわが家らしいんでしょう」と、Hさんは笑います。住まいの常識から解き放たれた空間は、これからも役割を変えながら、家族の暮らしをたおやかに受け止めていくことでしょう。
● Before・After
変わらないこと|2階のオープンなスペースに設けられたトイレは日常となり家族の「当たり前」になりました。ゆるやかにつながり合う空間で、家族は互いの気配を感じながらも、それぞれが居心地の良い場所を見つけ、自分の世界に浸ることができるのです。
変わったこと|階段を中心に翼のように左右に広がる空間は、恵まれた眺望を多方向から楽しむためにデザインされています。あえて吹き抜けを設けず、壁を用いて巧みに開閉をコントロールすることで、住まいに魚のたまり場のような場所がつくられています。それらは暮らし方に合わせて用途を変えながら、その時々で最適な空間として活かされています。
札幌市中央区・Hさん宅 家族構成/夫婦40代、子ども2人
建築データ
構造規模/木造(在来工法)・2階建て
延床面積/122.24㎡(約37坪)
<主な外部仕上げ> 屋根・外壁/ガルバリウム鋼板、建具/玄関ドア:断熱スチールドア、窓:木製サッシ
<主な内部仕上げ> 床/フローリング・ビニールタイル、壁/ビニールクロス 一部塗装、天井/ビニールクロス
<断熱仕様 充填断熱> 基礎/押出法ポリスチレンフォーム(3種B)45㎜、壁/グラスウール24㎏105㎜、天井/ブローイング300㎜
<暖房方式> パネルヒーター
工事期間
平成15年5月~10月(約6ヵ月)