新型コロナウイルスは、私たちの暮らし方に大きな変化をもたらしました。建築業界でも各種イベントが中止となり、未来を担う人材の育成にも悪影響が懸念されています。そんな状況を支援し、学生たちに実際の建物づくりに触れられる機会を提供する動きとして、地域工務店による学生プロジェクトコンペティションという、新たな取り組みが注目されています。

暮らしにまつわるさまざまな活動を行う
地域工務店の新たな取り組み

今回の「学生プロジェクトコンペティション」を主催しているのは、札幌を拠点に、60年以上にわたり地域に根付いた家づくりを提供している三五工務店です。高断熱・高気密を備えた高い技術力に加え、北海道産の良質な素材をふんだんに使い、さらに暮らしのことまでプロデュースするという、北海道の人々に寄り添った暮らしづくりを提案している建築会社です。

それだけではなく、オリジナル家具の制作や収益の一部を森に還元するミネラルウォーターの販売など、暮らしにまつわる良質なものを多様な形で提供したいと考えている同社。さまざまな活動を通じて企業と人々のコミュニケーションを深め、良い関係性を築くことができるよう努めています。

道産の木・鉄・石という、時とともに味わいが増す素材で建物を構成することを大切にしている同社のコンセプトがそのまま具現化されたミーティングルーム

設計で終わるのではなく、実施まで。
豊かな街づくりをともに

コンペのテーマは「新しい戸建て賃貸住宅の提案」。多様化するライフスタイルに合わせ、道産木材を使用した新しい戸建て賃貸住宅のデザインを「いごこちのいい暮らし」の提案とともに募集しました。地場の材料を使用することで北海道の森林や産業の環境を守ることにつながるという考えのもと、道産材を積極的に使用しているのが三五工務店の特徴。その考え方に共感した「北海道」と「道産木材製品販路拡大協議会」が後援として参加しました。

当コンペの最大の特徴は、プランニングだけで終わるものではないということ。学生の豊かな感性や創造力と、コロナ禍で生まれた新たな価値観をミックスしたデザイン性の高い賃貸住宅を、受賞者と三五工務店がともに計画・実施し、発信していくことで豊かな街づくりのお手伝いができれば、と同社は考えているそうです。

「実施まで行うという点から、私たちにとってもチャレンジできる部分が多くあります。今回のコンペと建築を通じて、10年後を担う学生さんたちと交流し、互いの情報とアイデアを共有し、それを今のお客様の家づくりに還元することができれば、それ以上に嬉しいことはありません」と代表の田中裕基さん。

会社としても初めての試みで、とても勉強になったと語る田中代表。「今回のコンペはもちろん、北海道と人々・今と未来をつなげるさまざな活動を続けていきたいです」

東京理科大学の3人が設計した
「家族と光を繋ぐ家」が最優秀賞に

同社の想いに共感した道内外の参加者たちからは数多くの応募があり、約1ヵ月にわたり審査が行われ入賞作品が決定しました。

最優秀賞に選ばれたのは、東京理科大学の中村 廉さん、岡野麦穂さん、青木 蓮さんグループが設計した「家族と光を繋ぐ家」。戸建て賃貸を利用する働き手世代に向けて、道産木材と薪ストーブの温もりを感じることができ、長手方向に貫く吹き抜けにより全体に光・熱・家族の気配が広がる住宅を提案しています。「建物のどこにいても家族の気配を感じることができる、個々が分離しないプランを考えていました。『道産材の温かみを五感でふんだんに味わえるように』『薪ストーブの煙突が伸びる吹き抜けで開放的に』と、設計の条件にあった道産材と薪ストーブは、プラン構成にも大きなヒントとなりました」。

最優秀賞「家族と光を繋ぐ家」
受賞者の青木 蓮さん・岡野 麦穂さん・中村 廉さん

審査員たちは、「薪ストーブや道産木材といったキーワードを軸に光・風・スキップフロアで繋がれた部屋と展開、そこに垣間見える豊かな暮らしは、その設えがあればこそ。シンプルなフォルムにまとめ上げている」と、いくつもの限定される条件のもと、さまざまなアイデアと豊かな空間構成で魅力的な建物となっている点を高く評価しました。

三五工務店の企画型住宅ブランド「35 STANDARD HOUSE」のモデルハウスでコンペについて語る4人

インターンシップでリアルを体験
経験を糧に一歩ずつ前へ

この冬、最優秀賞に選ばれた東京理科大学の3人は実際に北海道を訪れ、4日間のインターンシップに参加しました。三五工務店の建物や現場を実際に体験し、設計スタッフとともに最優秀賞プランの建築に向けて打ち合わせを行いました。

3人は、「学生はアウトプットのチャンスがほとんどないので、知識として学んでいたとしてもなかなか身につかないものが多いと思います。今回は、現場でリアルな経験を通じてプロの方々にいろいろ教えていただき、一皮向けたようです。構造や法規の面など、これからは最初の段階から細かく考えて設計していきたいと思いました。入賞したプランを実際に建てるにはスケールダウンが必要でした。しかしプランの根本は曲げないで、打ち合わせを積み重ねながら、実現できるベストな形を三五工務店と一緒に模索していきたいです」と、力強くこれからの意気込みを語ってくれました。

プランの細かい部分までわかりやすいつくり込まれた模型

「学生たちと触れ合うことで新しい刺激をたくさん受けています。今回のインターンシップでも、積極的に意見やアイデアを出すなど頑張ってくれたので、お互いにとても勉強になりました。三五工務店としてはこれからもこのような発信を頑張っていきたいです。建物はとても身近なもののはずなのに、建築には意外と興味を持っていない人が多いです。私たちの活動を通じて、一般の方々が建築は面白いということを知っていただけると、とても嬉しいと思います」と、設計室の寺西 健さん。

プランの調整に向けて熱く語り合う設計士たちの姿からは、建築への愛が感じられる

地域工務店と学生がともにつくる新しい戸建て賃貸住宅。その完成形が豊かな街並みを生み出す日が待ち遠しいです。

(文/Replan編集部)