山の景色を窓が切り取る
建築家夫妻の静かな家
いわき市の北西部、夏井川流域に広がる小川町。豊かな自然が残り、田園地帯が続くこの町の高台に、建築家、佐藤大さんの自邸があります。リビングの大きな窓から見晴らす山は、いわき市のシンボル的な存在の山といわれる「水石山」。今回、お住まいを訪ねた4月初旬、山の斜面は山桜のピンク色ややわらかな新緑に彩られ、まさに「山笑う」春を迎えていました。「この眺めもまた、この土地を選んだ大きな理由でした」と、佐藤さんと奥さんの良子さん。良子さんも二級建築士として佐藤さんの仕事を支えています。
「父が建築の仕事をしていたので、私も自然にこの道を選んでいましたね」と話す佐藤さん。幼い頃から父親の仕事を通し、家づくりやものづくりに関心を持ったといいます。建築の道を進む中で誰か影響を受けた人物は?と訊ねると、「特別誰ということはありませんが、やはり学校で学ぶ中で安藤忠雄の建築には衝撃を受けたし、吉村順三の家は好きですね」と応えてくれました。そして佐藤さんは、特定のスタイルやデザイン、素材にこだわることはしない、あくまでも施主の生活を大切にした家づくりを大切にしているとのこと。むしろ、それが佐藤さんのこだわりなのかもしれません。
施主の意向を受け止め
生活する姿をイメージする
今回、自邸を建てるにあたり、あまり気負いはなかったという佐藤さんご夫妻でしたが、改めて自ら家づくりのプロセスを踏むことは良い経験になったといいます。そして、住宅のデザインを決める難しさを実感したそうです。
土地が決まってからプランが固まるまでには、1年以上の時間を要しました。忙しい仕事の合間を縫い、夫婦それぞれの思いを形にするために、何度も話し合い、意見を出し合ったとのこと。窓の形1つとっても、夫婦で好みが違うことがあり、そんな時は話し合いの末、それぞれの部屋や箇所で大切なことは何か、主に利用するのは誰かなど、さまざまな要素を考慮した上で、結論を導き出したそうです。
仕事上でも、施主がどんな家に住みたいか、意向を引き出すことにエネルギーを使うと佐藤さん。生活感を出した方が良いのか、それともまったく隠したいのか。家具は、収納は。施主のイメージを最初は手探りで形にし、徐々に詳細に、施主や家族が生活する姿を想像しながらプランをつくり上げていきます。そんな「施主の暮らしの場所」である家に建築家ならではの提案をプラスすることで、家はより暮らしやすく、そして個性を放つものとなるのです。
年月とともに変わる家
そのための余白も必要
佐藤さんの自邸は、畳敷きの玄関や古い建具や欄間を用いた和室があるかと思えば、薪ストーブの置かれた吹き抜けのリビング、そしてタイル張りのキッチンなど、部屋ごとに用途に合わせた工夫が施されています。家族の動線とお客様の動線を分けた玄関のつくりや、お子さんの成長に合わせて変えることのできる間取り。壁の色や窓の形に至るまで、佐藤さん夫妻のこだわりが感じられます。板張りの外壁は、良子さんが1週間かけて自ら塗ったというから驚きです。
1年半が過ぎ、住まいは徐々に家族に馴染んできているといいます。「和室の外に縁側をつくろうか」、「木を植え、庭を整えよう」。この春には、そんな目標も立てているそうです。「家は、竣工が完成ではないと思います。年月を経て変化し、あるいは施主が手を加えることもあるでしょう。そんな変化が味わいとなり、愛着が生まれるのではないでしょうか」。そんな経年による変化を受け止める「余白」もまた、家には必要だと語ります。住む人の生活スタイルに合わせ、そこに建築家としてのエッセンスを加え、さらに余白を持たせる。それが佐藤さん流の住まいのデザインなのではないでしょうか。
(文/畠山 久美)