札幌市近郊の緑豊かな住宅街の一角に、建築家 永田大さんの自邸兼事務所はある。内外装ともにカラマツ材を生かしたこの家が建てられたのは、8年ほど前。道路越しに広がる雑木林にあって、ひと際目を引く1本の唐松を身近に感じ、四季折々の表情を楽しめるようにと考え設計された。そのコンセプトを明確に表現するのが、外に見える唐松の姿を切り取るように配したピクチャーウィンドウだ。
玄関から中へ入ると、エントランスの光は最小限に抑えられ、まるで洞窟にいるような感覚。60cmほどの高低差をつなぐ階段を降りて、長い廊下の先にあるラウンジ方向に目を向けると、そこには2階の大きな窓から注ぐ光の溜まりがあり、ラウンジに立てば風にそよぐ唐松の梢が見える。
吹き抜けを介してその窓とつながる2階LDKからは、いつでも唐松の存在が感じられ、風景が日常の一部として暮らしを彩る。この設計が、家でのより豊かな時間につながることを期待していた永田さんは、8年を経た今「同じ季節でも年によって葉の色が違っていたり…毎日なんとなく眺めているだけで癒やされます」と話す。
新築してしばらくすると、夫婦と娘1人の3人だった家族は、息子が2人生まれて5人に。家が手狭になり、幼いお子さんたちがいる生活空間のなかで集中して仕事に取り組む難しさを実感したこともあり、竣工から4年後、永田さんは暮らしのさまざまな変化に対応すべく自宅を改修。家族がのびのびと暮らせるよう吹き抜けを塞いでLDKの面積を広げ、事務所として使うコンパクトな2階建てを増築した。
新築時は、建築としての周辺環境の取り込み方やカラマツ材の見せ方にフォーカスして設計した永田さんだが、家族が増え、育児に関わるようになって考え方が変わったという。「例えば、吹き抜けは周りを柵で囲って安全とはいえ、幼い子どもがいると落下しないか不安です。収納も最低限でいいと思っていましたが、やはり家族が増えれば、ある程度の広さが必要です。改修はそういった、暮らして気づいた問題点を解消する機会にもなりました」。
いくら想像を尽くしても、家は暮らしてみるまで本当のところはわからない。だからこそ工夫し、時には大胆に手を加えて、自分たちの暮らしに合った心地よさを獲得していくことが家づくりには必要だ。
永田さんは今、増築した2階建てを事務所兼打ち合わせスペースにしているが「ゆくゆくは子どもたちが使うかもしれないし、母が同居して暮らすかもしれない」と笑う。唐松に抱かれた木の家は、その時々の住み心地のよさに合わせてしなやかに、豊かな日々を育んでいる。
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時の変化に合わせて「成長する家」 〜永田 大
「時の変化に合わせて、改修を繰り返し成長する家」。それが「唐松」のテーマです。もともと私は自邸を、無意識に“いごこちの良さ”が感じられる建築のつくり方を習得し、さまざまなアイデアを実践する場と考えていました。自分が設計した住宅に住むことで得られる実感の伴った住み心地を、お客様の家づくりにフィードバックして提案に反映させています。
家は、住んでみて初めて気づくことがありますし、年月とともに住まいを取り巻く状況も変わっていきます。私の場合は、家を建てた後に家族が増えて、リビングや収納といった暮らしのためのスペースが想定以上に必要になりました。子どもにとっての吹き抜けの安全性や、窓の外に常に隣家の建物がちらつくことの心理的な影響なども、計画時には思いもかけないことでした。
「家」は必ずしも、新築時が完成ではないと私は思います。特に間取りは家族を取り巻く状況の変化に合わせて、柔軟にかたちを変えていける余地があることが大切です。「唐松」はこれからも私たち家族とともに成長していきます。自邸を通して、そんな住まいの有り様を伝えていければと考えています。
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竣工時
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改修後
■建築DATA
北広島市
家族構成/夫婦40代、子ども3人
構造規模/木造(在来工法)・2階建て
竣工時の延床面積/167.30㎡(約50坪)
改修後の延床面積/211.92㎡(約64坪)
■工事期間
竣工/2011年7月〜2012年1月(約7ヵ月)
改修/2015年12月〜2016年3月(約4ヵ月)
■設計/永田大建築設計事務所 永田 大、施工/(有)黃倉工業所