札幌市の藤和工業は、生コンクリートやリサイクル、農業などのプラント設備の開発から製作・施工までを手がける会社。創業50年を迎えた2024年12月、これから先の50年を見据えて社屋を新築。カラマツやトドマツなどの道産材をふんだんに用いた新社屋は、社員はもとより取引先にも「居心地がいい」と好評です。社屋新設にあたり道産材を採用した理由、その効用を、社長の浦野秀敏さんと総務部の浦野真理子さん、建物づくりに関わった森 徳彦さん、辻野 浩さんにうかがいました。


木材は経年美化と機能性を叶える素材

藤和工業の新社屋建築の大きなきっかけになったのは、2018年に発生した北海道胆振東部地震。「将来、同じような災害が起きたときに、社屋は会社を維持できる強固な箱でなければいけないと痛感しました」と、浦野さんは振り返ります。旧社屋に隣接する130坪の土地を入手した後、新築プロジェクトを始動。「オフィスの机を使い勝手が良く、経年変化が味わいになる木でつくりたいと考えたのが構想の始まりでした」。また、会社のある米里地区は震度4でも建物が大きく揺れるほどの軟弱地盤。「その弱点も克服しながら、機能的で心地よい空間を実現したいと考えていました」と、真理子さんも話します。

工場や配送センターなどが立ち並ぶ米里地区でひときわ目を引く、チャコールグレイのシャープな社屋外観
工場や配送センターなどが立ち並ぶ米里地区でひときわ目を引く、チャコールグレイのシャープな社屋外観

依頼先を思いあぐねる中、その脳裏に浮かんだのが、お気に入りだったカフェの建物でした。「ピクチャーウインドのある店内は、とても心地よく、建物もしっくりと土地になじんでいました。同じ設計者に依頼したら良いものができるのではないかと思い調べました」。浦野さんと真理子さんは早速カフェを設計した建築家の森さんに連絡をとり、新社屋の設計を依頼しました。

トドマツと会社のロゴをあしらったモダンなアプローチ
トドマツと会社のロゴをあしらったモダンなアプローチ
2階階段ホールを挟んで南側には、ガラスで間仕切りしたミーティング室をレイアウト。白と木の軽やかな空間に、チャコールグレイのアイアン手すりがアクセントをつけている
2階階段ホールを挟んで南側には、ガラスで間仕切りしたミーティング室をレイアウト。白と木の軽やかな空間に、チャコールグレイのアイアン手すりがアクセントをつけている

建築計画が持ち上がった頃、建築業界では鉄材の高騰と品不足が大きな課題に。さらに、コロナ禍によるウッドショックが追い打ちをかけました。とはいえ、躯体が重くなるRC造は軟弱地盤には適しません。「コスト面も考慮しながら、躯体を軽く仕上げることができる木造で新築することに決めました。温かみのある木の質感は、社員にも喜ばれる付加価値になると思いました」。

コストと工程を減らしながら、強く美しく

浦野さんと真理子さんの要望を聞いた森さんが思い浮かべたのは「働く人々がより自由な発想で開発や設計に取り組める、素朴で開放的な空間」でした。木造在来工法総2階建ての建物には、カラマツやトドマツなどの道産材を採用。木の質感を大切にしながら、構造から内装、家具に至るまで大工の手仕事を生かした手づくり感のある空間を提案しました。

全体を見渡しながらも、落ち着いて作業ができるよう、ガラスの間仕切り壁で緩やかにオフィス空間と分離した真理子さんのデスクスペース
全体を見渡しながらも、落ち着いて作業ができるよう、ガラスの間仕切り壁で緩やかにオフィス空間と分離した真理子さんのデスクスペース
浦野社長のデスクも、オープンなオフィスの一角にある。これもまた、会社が掲げる「組織や部門の垣根のなく、自由に意見交換が行える環境づくりを目指す」という姿勢の表れだ
浦野社長のデスクも、オープンなオフィスの一角にある。これもまた、会社が掲げる「組織や部門の垣根のなく、自由に意見交換が行える環境づくりを目指す」という姿勢の表れだ

懸案だった建築コスト対策は、身近で入手しやすい外壁下地材や構造用合板などを用い、構造現しにすることで解決。「開放的に仕上げたいという意向も反映し、建物内は壁を極力設けず、大きな箱のようなワンルームに近い空間づくりを心がけました。構造そのものが露出することで、後々のメンテナンスがしやすく、構造体の傷みも防ぐこともできるという利点も得られました」。

カラマツの梁は大きな部材を用いず、千鳥にかけることで施工のしやすさと軽やかさを実現。オフィスの壁は造作棚とセットにして耐力壁にした。このため、床下の箱に温水ヒーターを納め、熱交換後の新鮮な空気を用いた換気暖房とした
カラマツの梁は大きな部材を用いず、千鳥にかけることで施工のしやすさと軽やかさを実現。オフィスの壁は造作棚とセットにして耐力壁にした。このため、床下の箱に温水ヒーターを納め、熱交換後の新鮮な空気を用いた換気暖房とした
天井裏がないため、電気配線もすべて金属カバーに納めた現しで仕上げた。後々のメンテナンスも容易にできる
天井裏がないため、電気配線はすべて金属の配線レールに納めた。後々のメンテナンスも容易にできる

また敷地の軟弱地盤は、基礎には道路の地盤改良でも用いられる地盤置換工法(コロンブス工法)で対応。「この工法は東北や胆振東部の震災の強い揺れにも耐えた実績があります」と、森さんは胸を張ります。さらに、耐力壁と造作棚をセットにし、空いたところに窓を設けることで、より安定した構造体になりました。

2階外壁にも防腐効果のある塗料で仕上げたトドマツの下地材を採用。1階はガルバリウム鋼板で仕上げた
2階外壁にも防腐効果のある塗料で仕上げたトドマツの下地材を採用。1階はガルバリウム鋼板で仕上げた

シンプルで無理のない空間は、省エネにつながる温熱環境も実現。顕熱交換換気設備と灯油セントラル暖房を採用しながら、断熱等級6をクリアする性能を確保。隅々にまで森さんのこれまでの経験が生かされ、経済性と安全性、メンテナンス性、さらに意匠としての木の魅力を備えたプランが出来上がりました。

大工の手仕事が光る木造オフィス

2024年春、時間をかけて温めてきたプランをもとに、新社屋の工事が始まりました。施工を担当したのは辻野建設工業。森さんと代表の辻野さんはパッシブシステム研究会でともに理事を務める間柄。「高性能な建物づくりに長け、省エネや道産材利用等の補助金制度にも詳しい辻野さんは、このうえないパートナーだと思いました」と、森さんは話します。

過去にも道の駅や福祉施設、認定こども園などの中大型規模木造建築を手がけてきた辻野建設の大工チームによる施工は順調に進行。「木造はRC造に比べて現場管理もしやすいんです。また、合板や垂木などの普及材を用い、設計時から電気や設備の職人に参加してもらったことで、スムーズな施工が実現できました」と、辻野さんは振り返ります。

階段を上ると、開放的なオフィス空間が広がる。現しの天井はカラマツJAS構造集成材
階段を上ると、開放的なオフィス空間が広がる。現しの天井はカラマツJAS構造集成材

着工から約半年、新社屋が完成。木の香り漂うオフィスには、道産材を用いたたくさんの造作家具が配されました。「どこを触っても温かな感触」と浦野さんを喜ばせた机や棚はすべて、辻野建設の経験豊富な自社大工が手がけました。木に包まれるような開放的なオフィスの一角には、休憩室も設置。キッチンを備え、モダンなデザインの造作テーブルが並ぶカフェのような休憩室は、社員の憩いの場や打ち合わせスペースにと活用されています。

2階オフィスの一角には、オンとオフの切り替えができるよう、カフェ風の休憩室を設置。隣接してトイレと更衣室も配置した
2階オフィスの一角には、オンとオフの切り替えができるよう、カフェ風の休憩室を設置。隣接してトイレと更衣室も配置した

会社の歴史を物語る50年分の書類や資料も、1階の書庫に設えた造作棚にすっきりと収まりました。「長年、解決したいと思っていた書類の保管環境も整い、ホッとしました。丁寧な仕事で仕上げられた書庫内は、空気が良く回るように配慮され、紙類が劣化する心配もありません」と、浦野さんは笑顔で話してくれました。 

玄関ホールの間仕切り壁には、質感豊かな漆喰を採用。壁の奥は2階へつながる階段
玄関ホールの間仕切り壁には、質感豊かな漆喰を採用。壁の奥は2階へつながる階段
エリアごとに配されたピクトグラムも、森さんがCADで作成したオリジナル
エリアごとに配されたピクトグラムも、森さんがCADで作成したオリジナル
玄関に直結する1階には、取引先とのミーティングを行う打ち合わせ室を設置。間仕切り壁の上にはスリットを設け、天井を現しにすることで空間の一体感を演出
玄関に直結する1階には、取引先とのミーティングを行う打ち合わせ室を設置。間仕切り壁の上にはスリットを設け、天井を現しにすることで空間の一体感を演出

 
創業以来、藤和工業は「チームの一体感のもとで、チャレンジできる会社」を目指してきました。道産木材で仕立てた新社屋もまた、建築家をはじめ、多くの大工や職人の知恵と技術の結晶。「デザインはメッセージ。企業の姿勢を語るものでありたい」。そう語る建築家、森さんの想いが、木と手の温もりに満ちた大きな「箱」に息づいています。

敷地面積:430.64㎡
延床面積:454.31㎡(137.43坪)
構造規模:木造在来工法・2階建て
柱梁樹種:カラマツJAS構造集成材
断熱性能:UA値 0.27W/㎡・K

発注:藤和工業株式会社
設計監理:株式会社ボンアーキテクツ
施工:辻野建設工業株式会社