2018年から始まった山形市の「山形エコタウン前明石」は「東北芸術工科大学」、地元工務店の「荒正」、アウトドアブランドの「スノーピーク」という、大学と民間企業の連携による高性能住宅の建築を前提とした新しいまちづくりプロジェクトとして、当時話題を呼びました。

それから7年。地方におけるこれからのより良いまちづくりのヒントを探るべく、住民の方、(株)荒正代表の須田和雄さん、東北芸術工科大学教授の竹内昌義さんにお話をうかがいました。

インタビュー・文 Replan編集部


Interview 1:Resident
「山形エコタウン前明石」に暮らす

■ 山形県山形市・Sさん宅
■ 家族構成 夫婦40代・30代、子ども4人、犬
■ 入居時期 2021年2月

3つのコンセプトからなる
新しいまちづくり

山形エコタウン前明石は、「緑豊かなランドスケープ」、「高性能エコハウス」、「アーバンアウトドア」をコンセプトに掲げて2018年に始動し、2019年から分譲・販売がスタートしました。2025年1月現在、分譲地19区画中の17区画が販売済みとなっています。

まちに足を踏み入れると、自然豊かな公園の中に住宅が立ち並んでいるかのような風景が広がります。車道とは別に、住戸の間を縫うように通された緑道がゆるやかに敷地の境界を創出。芝生が敷かれ、木々が植えられた各戸の庭によって、美しい景観が形づくられています。

住民の子どもたちにとっては、まち全体が遊び場。庭も含め、まちの中を走り回って遊ぶ子どもたちを、大人たちが相互に見守る関係性が築かれている
住民の子どもたちにとっては、まち全体が遊び場。庭も含め、まちの中を走り回って遊ぶ子どもたちを、大人たちが相互に見守る関係性が築かれている

このまちの住宅は「吹き抜けのある家」、「土間のある家」、「デッキテラスのある家」という3つの基本プランから一つを選んだもので、すべてが北海道基準並みの断熱性能を有する高性能住宅。全戸に大容量の太陽光発電システムを標準搭載した「エコで省エネな暮らしが叶う住まい」となっています。

Sさんご一家は「土間のある家」を選び、2021年2月に入居しました。仕事を通じて分譲主である荒正の須田社長と出会い、このプロジェクトを知ったというSさん。ロボット芝刈り機を主力商品とするガーデニング用品販売会社を経営していて「自分で芝を育ててみたい」と考えていたことから、この家の購入に踏み切りました。

「利便性の良い立地で暮らしやすく、緑豊かなまち並みやご近所さんとの距離感が子育てするのにいい環境だと思いました。もちろん、家の性能の高さも魅力でしたね」。

Sさん宅の外観。太陽光発電システムによって、それまで住んでいた賃貸の戸建てに比べて、電気代がぐっと削減できているという
Sさん宅の外観。太陽光発電システムによって、それまで住んでいた賃貸の戸建てに比べて、電気代がぐっと削減できているという
1階は階段を中心に回遊できる間取りで、動線がスムーズ。2階にはご夫妻と4人の子どもたちの個室がある
1階は階段を中心に回遊できる間取りで、動線がスムーズ。2階にはご夫妻と4人の子どもたちの個室がある

住民のコミュニティー形成が
まちの発展の鍵に

Sさん宅は延床面積が約32坪。玄関ドアを開けると、目の前に約6帖もある土間が広がります。Sさんは、「インパクトがあって多様な使い方ができそうだったので、『土間のある家』を選びました」と振り返ります。

土間の先に広がるLDKと水まわりで構成された1階は、回遊動線を取り入れた機能的な間取りが特徴。高い断熱・気密性能の効果で、エアコン1台で快適な温熱環境を実現しています。

Sさん宅は3つのプランのうちの「土間のある家」。玄関ドアを開けると、収納や作業スペースなど多目的に使える大きな土間が広がる
Sさん宅は3つのプランのうちの「土間のある家」。玄関ドアを開けると、収納や作業スペースなど多目的に使える大きな土間が広がる
土間を自室のように活用しているSさんは、ここにテーブルを置いてリモートワークをすることもあるそう
土間を自室のように活用しているSさんは、ここにテーブルを置いてリモートワークをすることもあるそう

リビングから庭へ気軽に出られることから、今では休日になると朝から晩まで庭で過ごすようになったSさんご一家ですが、住民同士の距離が近いのもこのまちの魅力の一つ。

「周りのご家族も庭にいるので自然と会話が生まれ、一緒にバーベキューをすることもよくあります。まちのコンセプトが明確なせいか、価値観の合う住民が多くて暮らしやすいです」と、Sさんは話します。須田社長は「『コミュニティーの形成』もこのまちの大切なテーマでしたが、リーダーシップに長けたSさんのおかげで、徐々に住民の方々にまとまりが生まれています」と言います。

ただ、人が集まると課題も生まれます。Sさんは「住民同士の距離が近いというメリットをデメリットにしないためには、自分たちできちんとルールを設け、自治的に運営していく必要があります」と、今後を見据えます。

現在、17棟の住宅が経ち並ぶ「山形エコタウン前明石」。住民同士のつながりが密で、まち全体が一つの家族のような雰囲気
現在、17棟の住宅が経ち並ぶ「山形エコタウン前明石」。住民同士のつながりが密で、まち全体が一つの家族のような雰囲気

まちづくりは、家が建ち人が暮らし始めてからがスタート。外へ開いた高性能住宅群と、それを包み込む緑豊かな環境を軸とする住民たちのコミュニティーは、楽しく健やかな暮らしの場であるとともに、長期的に見て地域の大きな資産になる可能性を秘めています。

取材協力 株式会社 荒正 https://www.aramasa.co.jp

【次ページ】
東北芸術工科大学教授の竹内昌義さんに「山形エコタウン前明石」のプロジェクトと、地域工務店によるまちづくりの将来と課題について聞いた、<家と地域の価値を高める「まちづくり」の試み>のインタビュー記事に続きます。