「白樺の木立に囲まれた静かな場所に佇む、誰にも邪魔されない隠れ家のような空間」。あるとき、Tさんは10年後の暮らしを想像し、自分の将来に必要なものが思い浮かんだといいます。そして、2年前に見つけたのが十勝管内で売りに出ていた中古住宅。Tさんは、目指していたイメージにぴったりの家をつくっていた帯広の建築家、遠藤康弘さんに物件を見てもらいました。「でも、遠藤さんは建物の状態が良くないといい、それに代わる場所として雑木林に囲まれた土地を紹介してくれました」と、Tさんは家づくりの始まりを振り返ります。

大開口越しに敷地の雑木林がワイドスパンで迫るリビング。右手のサッシドアを開ければ、ウッドデッキのテラスに出る

閑静な環境と美しい木立に惹かれたTさんはその土地を購入し、遠藤さんに設計を依頼。すぐにプランづくりを始めました。「家の中から見えるのは木立と空だけ。不要なものが目に入らないノイズのない空間にしたい」という要望を反映したプランは、約15坪の平屋住宅。トドマツの構造にナラの無垢床、エゾマツの外壁で形づくられた木の温もりあふれるミニマムな空間には、周囲の景色と空を巧みに切り取った大小の窓がレイアウトされています。

Tさんが思い描いた「静かな隠れ家」のイメージにぴったりの、雑木林に囲まれた土地に立つコンパクトな平屋住宅
玄関ホールはそのままリビングにつながる。明暗のコントラストが空間に奥行きを与えている

施工は、遠藤さん設計の住まいをこれまでも手がけてきた帯広の工務店、アインビルドが担当。壁にはアインビルドの提案で質感豊かなドイツ本漆喰を採用し、水まわりとキッチンはTさんが自ら塗りました。また、外壁材の塗装や無垢床の仕上げなども、Tさん自ら行いました。「大工さんや職人さんがとても親切で、家づくりに参加させてもらうことで丁寧な仕事ぶりを目の当たりにでき、良い思い出になりました」と、Tさんは話します。

水まわりは間仕切りなくつながる。トイレの奥は洗濯室。洗濯機やボイラーが見えないよう壁の高さや位置にこだわった
湯船に浸かりながら雑木林の四季の彩りが楽しめる浴室は、Tさんのお気に入り。窓を開ければ、露天風呂気分も味わえる
カラマツ合板をアクセントに張った玄関。左手奥には物置を設置。壁には手すりを兼ねたニッチを造作

2023年12月、木と白で統一されたTさんの小さな家が完成。ソファベッドを置いた間仕切りのないリビング・ダイニングと造作キッチン、水まわりだけの空間は清々しい雰囲気に満ちています。リビングの一角には「焚き火が楽しめる家にしたい」という想いから、ドイツ製の薪ストーブも設置。大きさと配置が計算されつくした窓から眺める景色と自然光の移ろいは絵画のようで、見飽きることがないといいます。

ソファベッドを設置したリビング・ダイニングは、寝室も兼ねる。シナベニア張りの天井下には愛猫のためにキャットウォークを設置
大工の繊細な手仕事が見えるカラマツ合板の造作キッチン。オープン棚は壁に埋め込んで、すっきりと仕上げた

Tさん自身が一つひとつ吟味した版画や木彫りの熊、自然素材の調度品が、木漏れ陽揺れる端正な空間に違和感なく溶け込んでいます。「家全体がパーソナルスペースという、理想どおりの住まいができました。家づくりを通して、改めて自分が好きなものがよく分かりました」。Tさんの「好き」だけが詰まった小さな家には、坪数では測れない豊かさが満ちていました。

リビング土間には、Tさんが選んだドイツ製の薪ストーブを設置。その横には、愛用の織り機と染織用品を収めた趣味スペースを設けた。「景色を見たり、薪割りや外仕事したりしていると、1日はあっという間。ゆっくりと趣味を楽しむ時間が取れません」とTさんは笑う