「白樺の木立に囲まれた静かな場所に佇む、誰にも邪魔されない隠れ家のような空間」。あるとき、Tさんは10年後の暮らしを想像し、自分の将来に必要なものが思い浮かんだといいます。そして、2年前に見つけたのが十勝管内で売りに出ていた中古住宅。Tさんは、目指していたイメージにぴったりの家をつくっていた帯広の建築家、遠藤康弘さんに物件を見てもらいました。「でも、遠藤さんは建物の状態が良くないといい、それに代わる場所として雑木林に囲まれた土地を紹介してくれました」と、Tさんは家づくりの始まりを振り返ります。
閑静な環境と美しい木立に惹かれたTさんはその土地を購入し、遠藤さんに設計を依頼。すぐにプランづくりを始めました。「家の中から見えるのは木立と空だけ。不要なものが目に入らないノイズのない空間にしたい」という要望を反映したプランは、約15坪の平屋住宅。トドマツの構造にナラの無垢床、エゾマツの外壁で形づくられた木の温もりあふれるミニマムな空間には、周囲の景色と空を巧みに切り取った大小の窓がレイアウトされています。
施工は、遠藤さん設計の住まいをこれまでも手がけてきた帯広の工務店、アインビルドが担当。壁にはアインビルドの提案で質感豊かなドイツ本漆喰を採用し、水まわりとキッチンはTさんが自ら塗りました。また、外壁材の塗装や無垢床の仕上げなども、Tさん自ら行いました。「大工さんや職人さんがとても親切で、家づくりに参加させてもらうことで丁寧な仕事ぶりを目の当たりにでき、良い思い出になりました」と、Tさんは話します。
2023年12月、木と白で統一されたTさんの小さな家が完成。ソファベッドを置いた間仕切りのないリビング・ダイニングと造作キッチン、水まわりだけの空間は清々しい雰囲気に満ちています。リビングの一角には「焚き火が楽しめる家にしたい」という想いから、ドイツ製の薪ストーブも設置。大きさと配置が計算されつくした窓から眺める景色と自然光の移ろいは絵画のようで、見飽きることがないといいます。
Tさん自身が一つひとつ吟味した版画や木彫りの熊、自然素材の調度品が、木漏れ陽揺れる端正な空間に違和感なく溶け込んでいます。「家全体がパーソナルスペースという、理想どおりの住まいができました。家づくりを通して、改めて自分が好きなものがよく分かりました」。Tさんの「好き」だけが詰まった小さな家には、坪数では測れない豊かさが満ちていました。