住まいの心地よさは住宅性能、デザイン、暮らしを反映した間取り、設備などさまざまな要素で構成されます。その中でも日々の暮らしの中で気づきにくいのは、目に見えない「空気と熱」の環境。「温度と湿度の専門企業」として1960年から冷暖房用ラジエータや産業用加湿器など、室内の空気環境の提案に取り組んできたピーエス株式会社代表 平山武久さんと、長野県と神奈川県に拠点を持つ設計事務所、Juuri Inc.の設計担当であり省エネ建築診断士でもある義見春野さんに、見えない環境の整え方についてお話をうかがいました。

ピーエス株式会社 代表取締役 平山武久さん
Juuri Inc. 義見春野さん

ベースを整えて 戦略的な不均一をつくる

平山 
ピーエスは今年で創業64年を迎えます。最初に工場を建てたのが1970年で、当時は火が見えないと暖房ではないという時代だったんですが、80年代にドイツから低温水暖房という考え方が出てきて、それを日本で最初に真剣に取り上げたのが私たちの会社だと思います。そして、低温水暖房がもたらすものは放射バランスではないか、という考えに行き着いたんです。人は壁や床や窓、ヒータやそこにいる人間の温度など、いろんな放射環境の中にいます。その中では、放射バランスが取れていれば空気温度は成り行きでいいということになります。

義見 
放射バランスが取れていれば、例えば冬は空気の温度は低くてもいいということでしょうか。

平山 
そうですね。1970年代当時のPS札幌工場は断熱がまったくなくて、ヒータに70℃の温水を回しても職員は震えながら作業をしていましたが、工場の中にヒータで壁をつくって温水を40℃まで下げたんです。空気温度は5℃から12℃に上がって、なおかつ放射バランスが取れているのでスタッフは寒くないって言うんです。何度ならいいという話ではなくて、どういうバランスの環境をつくるかということがポイントになるわけです。均一な室内環境がいいという定説がありますけど、私たちは「戦略的な不均一をつくる」という戦略を打ち出しているところです。

義見 
私たちは建築設計側として、なるべく均一な温度環境をつくることに注力しています。どれだけ壁を断熱しても、窓がペアガラスで表面温度が5℃とかに下がって、窓の近くにいるだけで寒いというのでは意味がないですよね。そのうえで用途ごとにバランスを変えたいという要望は確かに多いです。旦那さんは涼しいのが好きで、奥さんは暖かいのが好き。部屋ごとに温度差を調節できないかと言われますが、そのあたりの設計だけで解決しない部分を、設備を含めプランの段階から一緒に考えられると、実現できるように思います。

長野県東御市にある義見さんの自邸で取材。UA値0.16W/㎡K、C値0.30㎠/㎡という高い住宅性能を備えたコンパクトな平屋の住宅で、室内の2ヵ所に除湿型放射冷暖房 PS HR-C、玄関まわりにPS HRヒータが設置されている

平山 
例えば昔のお寺にしても、空気がうまく流れるような建築構造になっているわけですよね。そういった空気の流れを今の建築でデザインするためには、我々のような専門家や建築家とお施主さんが一緒に話し合う時間が必要だと思います。それを省いて見た目のデザインが決まってしまってからだと難しいですよ。

義見 
たぶん建築家も含めて、日本の建築業界はあまりにも断熱や環境設計になじみがなさすぎるんだと思います。環境デザインは勉強の段階から割とないがしろにされがちな気がします。それは建築に関わる人たちが断熱されていない家で育っているからなんだと思うんです。先日パッシブハウスに住むお施主さんと話す機会があったんですが、どうやって電気代を下げつつ家を涼しくコントロールできるかというのを毎日日記をつけて「今日は子どもがいない間に子ども部屋を10℃まで下げておいて、帰ってきたら室内のドアを開放して涼しい空気を循環させてみた」というように実験しているんです。そういう環境に身を置いてみると、暮らしの中での工夫が楽しくなったり、やればできるんだということが分かったりして、興味を持つようになるんです。

平山 
空気の流れや温度変化を調整する知恵は昔は日本でもあったはずなのに、今はエアコンのボタンを押せばいいといった感覚になってしまった。建築の側もその見えない部分はデザインの仕事ではなくて、設備の専門家に任せてというような考えが出来上がってしまったんです。

義見 
建築家も生活の動線のような暮らし方とか社会性など、見えないデザインをしているんですが、環境デザインとしては捉えてこなかった気がします。

LDKに設置されたPS HR-C。パネルを結露させ空気中の水分を取り除く除湿機能もあり、音もせず冷房が効いているのを忘れるほど自然な清涼感に包まれる

微気候をコントロールして プリミティブな力を引き出す

平山 
1991年に新設した弊社の岩手工場では、室内で植物がどういう環境を必要とするかという試みをしました。もちろん人間が快適だと感じられる室内環境の範囲内でです。植物は光があるときに温度が上がって、暗くなると温度が下がるという自然界の変化を必要としているんですが、通常のオフィスだと昼間冷房をつけて夜帰るときに切るので、逆の現象が起こって植物がみんなダメになってしまう。弊社の工場では、夏であれば15〜20℃くらいの水を回し続けて、昼間は気温が少し高くなり、夜になったら少し低くなるという環境をつくったんです。

リプラン 
ベースは整えつつ、外的変化も利用して室内に環境変化をつくるということでしょうか。

平山 
そうです。実際、春秋の冷暖房を使わない時期は自然とそういう変化をしていますよね。窓を開けて風が気持ちいいなとか。すると植物は生き生きと育つんです。

義見 
均一なベースを整備してから変化をつくるというのは新たな段階という気がしますが、言われてみると必要だと感じます。

PS岩手工場

平山 
最近はこの除湿型放射冷暖房PS HR-Cでワインセラーをつくることが増えているんですが、日本はワインの歴史がそこまで古くないので、店舗設計の方や業者さんは一般的に言われている15℃になるようにと考えます。でもヨーロッパで古くからのワイナリーやレストランに行くと、紫外線はダメだし安定した環境は必要だけれど、冬は5℃から夏は20℃くらいまでの間で変化するほうがいいワインができるというんです。  

日本でワインセラーをつくる場合はレストランが多いので、お客さんから見えるように配置します。空気の温度が一定になっていても、光が当たるところは熱くなってしまう。ワインの立場になると、それは心地よくないということです。

義見 
ワインの立場になったり観葉植物の立場になる。人に置き換えると、その空間を使う人の立場になるということと同じですよね。

周囲の景観になじむシンプルなファサードは北欧の田舎家のよう

平山 
そうですね。人間だったら高齢者の立場になる、子どもの立場になる、夫婦それぞれの立場になるということです。私の子どもが2歳のときに保育園の相談があって、冬に子どもと一緒に一日入園してみたんです。すると、保母さんと子どもたちで着ている服の枚数が2枚くらい違う。子どもたちは薄着で汗をかきながらそのまま暖房した部屋で昼寝をして、着替えをする水まわりはキンキンに寒く、風邪をひいてしまいます。必要な場所は暖かく、そうでない場所はそれなりという環境が本来必要です。それを設計図に色分けして描いて「大人と子どもは違う」という題名でプレゼンしましたね。変化というのはそういう意味です。一日でも変化するし一人ひとり違うという意味での変化もあります。

リプラン 
暮らしていくにつれて年齢を重ねたり家族構成が変わったりしたら、またその環境をフィットさせていく必要はあるということですよね。

平山 
PS HR-Cの場合でいうと温水の温度を変えればいいということです。夏だったら暑がりの人はPS HR-Cの近くにいるし、寒がりの人は離れたところにいる。薪ストーブと同じで、近くにいたい人と距離を置いてやわらかい環境にいたい人とそれぞれに自由がある、フリーアドレスという考えです。

PS HR-C冷房での使用時はパネル内に冷水(義見さん宅では15〜18℃)を循環させて空間全体を冷やし、除湿も行う。結露した水滴が目にも涼やか

義見 
確かにこの家も今(取材日は外気30℃)こうやって座っていると涼しいですが、外で草刈りなどの庭仕事をしたあとには汗だくになるんで、PS HR-Cの近くに行ってひんやりしたいなって自然とやっていますね。

平山 
PS HR-Cの反対側に扇風機を置いて風を送ると、こちら側はすごく涼しいですよ。夏に外から帰ってきた人はその前でいったん涼むとか、自分で工夫して変化をつくれるということが大切なんです。

義見 
そうやっていくと、先程お話したエリアごと用途ごとで空気を変えるというのもできそうだし、やっていきたいことの一つですね。

壁付けとアイランドを組み合わせたオープンな造作キッチン