ギャラリーのような白の住処
札幌市郊外の住宅街に立つ、白い三角屋根の家。ここは「cogu/小具」の屋号で木工の品々をつくる中島裕基さんと雅子さんご夫妻の自邸です。借家として15年住んでいた建物を譲り受け、リノベーションをしたのが2019年のこと。玄関に足を踏み入れると思いがけず広く天井の高い土間空間が広がり、住宅街の中であることを一瞬にして忘れさせるようなしんとした空気に室内が満たされています。
土間の先には、2.7mと少し幅が狭いフローリング敷きのLDKが広がります。そこに、あつらえたようなフィット感のダイニングテーブルが置かれていますが、「リノベーションに際しては、置く家具やインテリアのデザインや置き場所は特に想定していませんでした」と雅子さんは話します。プランニングはあくまでも、回遊動線をはじめとする暮らしやすさや将来的な空間の使い方を優先。住まいが完成してから徐々に、この空間に合う家具やインテリアを選んだり、手持ちの物の置き場所を決めたといいます。
壁・天井を透明感のある白色で仕上げた室内空間は、まるでギャラリーのような趣き。玄関の土間や出窓などには、お二人が拾い集めた造形の美しい石や作家さんの手による仏像などの小さな物たち、キッチンまわりや家事室には日常づかいの道具がさりげなくディスプレイされ、自然の物や手仕事の品々がそれぞれの個性を放ちながら、心地よく共存しています。
雅子さんは「私たちは仕事でずっと木に囲まれているので、家に帰ると鉱物や陶器、紙など他の素材に触れたくなるんです」と、窓辺に並べたコレクションを愛おしそうに眺めます。
「素」のままのものが心地よい
家に置く家具やインテリアは夫婦で決め、つくれるものは自らつくる。それが中島さんご夫妻の住まいづくりのスタイルです。自宅で使っているプレートやカトラリーなどの食器小物はもちろん、家事室で使っている引き出し付きのテーブルも手づくり。並べて置くアンティークのワードローブに合わせて、色や風合い、脚の意匠などをお二人で相談してデザインしたといいます。「この空いたスペースにぴったり合う家具を見つけるのは至難の業なので、自分たちでつくれるのは私たちの良いところかもしれません」。
雅子さんセレクトの家具やインテリアは、無垢の素材感と古物特有のこなれた佇まい、手仕事の上質なクラフト感が心地よく同居しています。「素材はとにかく『素地』が好き。自然に変化していくのがいいので、基本的にノーメンテナンスでなすがままです(笑)」。
アイテム選びの基準は「直感」で、見た目で気に入った物を、気持ちに素直に買い求めているといいます。例えば、アンティークのダイニングテーブルはもともと天板の一部が焦げて凹んでいましたが、それも含め、雅子さんには魅力に映りました。「これが好き!とその物自体にほれ込むと、少し不都合があっても気にはならず、使い方などを工夫して合わせます」と話します。
ミニマムな暮らし方のベースにある
リノベーション時の教訓
室内には、厳選されたアイテムが余白を持って印象的にレイアウトされています。物を少なくシンプルに保つために心がけていること。それは「新しい物を買ったら、古い物と入れ替えること」、「入れ替えても後悔がないくらい気に入った物を買うこと」。
なかなか実践が難しいこの2つを徹底できるのには、リノベーション時の経験が教訓になっています。「15年も住んでいたので、いざ片付け始めたらドラえもんのポケットみたいに次から次へと物が出てきて、トラック3台分じゃ済まないくらいたくさん処分しました。その労力とインパクトが本当にすごくて、だいぶ懲りたんです…」と、雅子さんは苦笑します。
昔から一度に4色以上が目に入ると心地よくなかったという雅子さんは、「目に入る色を3色にすること」とご自身の空間のコーディネートの秘訣を教えてくれました。その一端が垣間見えるのが、壁掛けテレビにさりげなく纏わせた白い布です。
テレビの無機質で真っ黒な画面は、インテリアの雰囲気を損なう大きな要因になります。そこで雅子さんは、透け感のある白い風呂敷で画面を覆って、黒の画面の存在感を和らげることに。こういったシンプルな工夫も、気持ち良く暮らせる生活空間をつくる上では欠かせません。
物選びで信じているのは「引き寄せの力」
室内に置かれている家具やインテリアは手仕事やアンティークの一点物が多く、いろいろなお店を探して見つけ出しているのかと思い尋ねると、意外にも「探しに行こうと思って目的の物が見つけられたことはほとんどないんです」との答え。信じているのは「引き寄せの力」。いつもふとしたタイミングで、「これ!」と直感する物に出会うのだそうです。
「仕事柄、手仕事の作家さんが出展するイベントやお店に足を運ぶ機会もけっこうあるので、オンラインショップよりは、実物を見たり手に取ったりして求めることが多いです。物を買う、というよりも『人から買う』という感覚で、惹かれる作家さんやお店がけっこう決まっていますね。よく知っていて信頼しているお店がオンラインショップを持っていたら、それは安心して利用します」。
ダイニングテーブルの上に吊るされたペンダントライトも、偶然出会って手に入れた物の一つ。木製の古いジョウゴをリメイクした照明で、昨年、空間デザインや製作などを行うchikuniさんが札幌で展示会を開催した際に実物を見て気に入り、買い求めました。「私の好きな素地仕上げ。木の割れをかすがいで留めているこの感じもとても好みでした」。小さくも存在感のある木のシェードが素地仕上げのダイニングセットと調和して、家族の団らんの場をやわらかで優しい雰囲気に演出しています。
「買おうかどうか迷った物って、だいたい買うとやっぱりちょっと違うかも…と思うことが多かったので、最近はもう迷ったら買わないです。買うのはなんとしてもこれ!と思える物だけにしています」と雅子さん。
引き寄せの力を信じて、物との邂逅を楽しむこと。直感に素直に、妥協せずに物を選ぶこと。作り手の顔が見える物、時間の経過や使い手の気配が刻まれた物を手元に置くこと。住まい手の感性と選択へゆるぎない視線が、洗練された「好き」に包まれた何とも居心地の良い暮らしの空間をかたちづくっていました。
owner’s selects
item1
フランスアンティークのテーブル
アーコール社のゴールドスミスチェア
/unplugged100年以上前のフランスアンティークのテーブルに、アーコール社のビンテージのゴールドスミス4脚を組み合わせたダイニングセットは、札幌のunplugged(アンプラグド)で購入したもの。パイン材の天板とナラ材の脚を組み合わせたテーブルは、奥行が82cmと幅が狭めで、この家のダイニングスペースの幅にジャストなサイズ感です。4脚そろうことを前提に購入したというチェアは、ウレタン塗装を削り落とした素地仕上げの風合いと座り心地のよさが、雅子さんのお気に入りポイント。
item2 1人掛けソファ・スツール /pejite
栃木の益子町と東京の青山に店舗を持つ、日本の古家具や作家さんの手仕事の品などを扱うお店pejite(ペジテ)のオンラインショップで買い求めた1人掛けソファとスツール。明るいカーキ色のベッチンの張り地と木部の素地仕上げに惹かれたといいます。このソファに座って、飲み物を片手に土間の高い天井や射し込む光をぼんやり眺める時間が、雅子さんのお気に入り。「背もたれが真っすぐで座りにくいんですけど(笑)、それも含めてかわいいんですよね」。
item3 オールドキリムのラグ /オンラインショップ(店名不明)
「この場所に合うサイズのものを」とインターネットで探していて、偶然見つけたというオールドキリムのラグマット。一般的にキリムは、カラフルで民族色が強かったり、幾何学模様が多かったりしますが、雅子さんの目に留まったのは向かい合う2羽の鳥をモチーフにした落ち着いたトーンでデザインされたキリム。使い込まれたオールドならではの風合いが、この家と場所に絶妙になじんでいます。
item4 アンティークのワードローブ /unplugged
家事室に置かれているのは、オープンの棚にしようか迷っているときにunpluggedでたまたま出会ったというアンティークのワードローブ。ワードローブのわりにサイズがコンパクトで、上下に引き出しが付いているのも特徴的です。高さがないので圧迫感がなく、奥行きがあるので書類なども入れやすく、物がたくさん収納できます。扉の取っ手代わりの古い鍵もオリジナル。見た目の美しさはもちろん、道具としての使い勝手の良さも兼ね備えた家具です。
item5 笑達さんの絵 /個展
玄関に入ると真っ先に目に飛び込んでくる一枚の絵。これは、和歌山県在住の絵描きである笑達(しょうたつ)さんの作品です。「土とか柿渋とか自然の素材を絵の具にして描く笑達さんの絵が好きで…。でも力強い茶色い絵が多いので、きっとうちに合うような絵はないだろうなと思いながら展示会に行ったら、たまたまこの白い絵があって。一目ぼれでした」と雅子さん。タイトルは「白い鳥の神話」。絵から放たれる力強い生の気配が、シンプルな白い空間を豊かに美しく彩っています。
取材協力/小坂裕幸建築設計事務所