二人の視点でプランニング
セッションのような家づくり
「私たちの家づくりは、まずヒアリングをもとに別々にプランをつくるところから始まります。それをベースにデザインの統一感や生活動線、家族のライフスタイルなどさまざまな要素を考慮しながら練り上げていくのですが、まったく違う視点からアプローチした二人のプランが、最終段階で『パチッ』と合う瞬間があるんです。お互いのよい部分を引き合わせられたという手応えがありますね」。
セッション。花田設計事務所の花田順さんと直子さんの家づくりを表するとすれば、まさにこのひと言になるでしょう。夫と妻、それぞれが建築のプロとしてのスキルとセンス、アイデアをぶつけ合いながらメロディを生み出すように住まいをつくり上げていく。ここ秋田県では、とても珍しい建築スタイルです。
秋田県秋田市生まれの花田順さんと、青森県生まれの直子さんの出会いは約20年前。ともに設計の仕事を志し都内の専門学校を卒業後、同じ会社で働いていた時でした。バブル期の東京でさまざまな住宅建築に携わっていましたが、順さんは「でき上がった供給システムの中で仕事をすることにうんざりしていた」と振り返ります。直子さんも同じ思いを抱いていたことから、二人は順さんの郷里秋田市に居を移し、家業の設計事務所を継ぎました。
施主とのヒアリングを大切に
ライフスタイルを重視する
建築は1+1を3にも4にもする仕事。自らの実感をそう説明する花田夫妻が、まず大事にしているのがヒアリングです。たとえば、お酒を飲む習慣があるか、洗濯をする時間帯はどうかなど、質問は趣味嗜好や暮らし方に及ぶことも。その理由を順さんは、「中庭が欲しいといっても、そこでお酒を飲むのかヨガを楽しみたいのか、あるいはドッグランのように使うかで設計は全く違ってくる。『中庭』という形態ではなく、週末の過ごし方のほうが重要なんです」と話します。
秋田に帰ったばかりの頃は「レーシングカーみたいに複雑な高性能住宅をつくっていた」と笑う順さん。設計したとある家でカビが発生したのが、家づくりの転機となりました。「原因は誤って換気扇を一晩止めたこと。ショックでしたが、厳密なコントロールが必要な家より、寒さを解消しつつ冬を楽しめる、ここ雪国秋田らしい住まいをつくればいいと気づいたんです」。
直子さんは、設計では外界のことに加え「内側」という視点を大事にしていると話します。「近隣への配慮や全体のデザインといった『外側』に対し、『内側』とはソファに座ったときに見える景色や、どんな風に家族が団らんするかといった生活への視点。動線やライフスタイル、さらに困りごとの解消を図りながら、新しい生活を提案できるよう意識しますね」。
コンセプト空間「think」誕生
住まいを繋がりからデザイン
そんな二人の信念が凝縮された空間が、オフィスに隣接する「ファクトリーthink」。コンパクトなプレゼンテーションルームと外に開けた広大なテラスを併せ持つ空間は、ギャラリーであり、ガレージでもあり、ひと言では説明しつくせません。「thinkでは住まいの内外の境界を曖昧にしつつ、原理的な生きる喜びを追求しました。1月にテラスでバーベキューをするとか、東北では一般的でないこともここでは普通に行われます。ショールームではなく、設計を通して出会ったクライアントやOBともっともっと繋がり、ともに楽しむ場所ということです」。
内と外、暮らしと空間、あるいは施主と設計者。花田設計事務所のデザインとは、このように異なるもの同士を「繋げていく」プロセスであるといえるでしょう。一方で、建材メーカーと共同で屋根のパネル材を開発するなど、住宅性能に関する探求も怠りません。「暖かい家というニーズを技術的にクリアするのは簡単です。その上で、例えばリビングから雪見を楽しめる家が秋田でも求められていると感じます。寒さをシールドする一方で、雪をポジティブに捉えられるような住まいが理想ですね」。この日thinkで遊んでいたのは、花田家の愛犬エアデールテリアのクロビ。その様子を愛おしそうに見守る順さんと直子さんの姿に、豊かさのヒントを見つけました。
(文/井上 宏美)