独学で寒冷地の建築を学び
辿り着いた理想の住まい
秋田県南東部に位置する大仙市。雄物川が町を貫流し西には奥羽山脈が控える美しい田園都市に、佐藤欣裕さんが代表をつとめる「もるくす建築社」はあります。
「それぞれの土地が持っている気候や空気、匂い、感覚をどうとらえ、形にしていくのかが自分の仕事。ここ大仙市はそんな建築の持つ『原理』に気づかせてくれた街です。ここに住んで良かったと思えるような住まいを提供していきたいですね」と佐藤さんは真摯な表情で思いを語ります。
祖父は大工、父は工務店経営という家庭環境で育った佐藤さん。高校卒業後は他の住宅ビルダーに入社し、自身も建築業界に足を踏み入れました。その後、本格的に建築家を目指し、実家に戻ってきて勉強を始めました。「数々の建築の専門書を読み、さまざまな建築物を見ながら本気で勉強しましたね」。
こうして建築を学ぶなか、佐藤さんが強く惹かれたのが、スイスやオーストリアの建築スタイルでした。「木の使い方や環境へのアプローチが建築ありきではなく、農村や山あいに溶け込むように建つモダンな木造建築が印象的でした。また地元の木を使うことで、エネルギー問題やトレーサビリティへの配慮もされている。普通のことを普通にやり抜く大きさを感じました」。
熱と暮らし、断熱の考え方
二人の師が道を示してくれた
そんな佐藤さんの家づくりに、大きな影響を与えた人物が二人います。
一人は、東北ピーエスで冷暖房の専門家として勤務ののちエネルギーアドバイザーとして活躍している長土居正弘さん。彼には「熱環境と暮らしの基本について学ぶことができた」と振り返ります。長土居さんらと訪れたスイスでは、地方や農村部で成立するモダンで美しい建築のありように感嘆、自らの方向性も確認しました。
そして、北海道大学名誉教授で建築環境学に基づいた断熱や蓄熱の在り方を提言してきた荒谷登さんの著書からは、冬の陽射し、夏の夜間の涼しさ、日本特有の湿潤など自然本来のエネルギーを大事にすべきという建築観を学べたと、佐藤さんは語ります。「断熱=エネルギーを減らすものではなく、自然環境のよさを発見するための原理と知りました」。そんな素晴らしい二人の建築が、佐藤さんの軸となっています。
「スイスでは、たとえば南に開口をとる、遮蔽する、熱を溜める、庇を出す、といった家づくりの『原理』を長い年月をかけて行っています。だけど『暖かく、涼しく、佇まいもきれいな家』というのは世界共通のはず。普通に考えて必要なことを形にしていけばいいと思っています」。
素材、環境。「原理」を考え
100年後も残る家をつくる
それでは佐藤さんにとって、住宅デザインとは何でしょうか。
「原理的であるべきと考えます。たとえば水の流れに逆らって木材を使えば腐りやすいように、建物はさまざまな『原理』の積み重ねでできています。『なんか気持ちがいい家』『佇まいがいい住宅』といった印象のモジュールは人間なんですが、これを突き詰めていけばどこかで必ず原理が見えてくるはず。そのひとつが建築材料であり、どんなものをどのように加工して使うかが大事になります。石、木など基本材料は、できるだけ地場のものを使っています」。
材料への配慮はまた、変化という時間概念も生み出します。佐藤さんも「時間が経ったときどうなっていくかをすごく意識する」といい、日本の蔵が持つデザイン性の高さやディテールのおおらかさを賞賛。一方で野辺に建つ小屋など、強度や水の流れ方まで考えつくされたミニマルな建築物にも興味があると話します。岐阜県の名建築・白川郷の合掌造りからは、茅葺き屋根、排気窓、土間や庇、雨戸などの構造を通して熱の原理が学べるとも。「日本建築が長年培ってきた、普通の構造や仕組みを現代でも表現していくべき」と続けます。
市内に建つ佐藤さんの自邸は、太陽光と太陽熱、温水蓄熱薪ストーブにより建物内のエネルギーを敷地内でまかなうオフグリッド住宅。「現代的には合格でも、昔の日本建築にはまだまだ叶わない」と笑います。100年後、200年後にも残る住宅を。佐藤さんの挑戦は続きます。
(文/井上 宏美)