震災後に改めて考えた
「家」の価値と意味
「東日本大震災をきっかけに、私の建築家としての家づくりへの思いは少なからず変わりました」。そう話すのは、洗練された空間デザインに定評のある建築家、佐久間宏一さんです。数多くの津波で流された家や倒壊した家を目の当たりにして、家を失うことが、家族にとっての思い出や歴史の喪失であることを強く感じ、マイホームの価値は、決してお金だけに変えられるものではないことを再認識したといいます。
さらに、佐久間さんは震災からの復興の中で、「家」の意味を改めて自身に問い直します。「震災直後、私の住む郡山市でも食料品やガソリンなどさまざまな生活物資がなくなり、怖い思いをしました。しかし1ヵ月も経つと、物は十分に行き渡るようになりました。損壊した家も建て替えることはできます。しかし、重ねてきた日々の思い出や家族の記憶が宿る場所は、もうそこにはありません。家は単なる箱ではなく、住まい手の心を豊かにするものなのです」。
人が年を重ねて深みを増すように、時の経過とともに住まい手の個性に馴染み、味わいを醸す。「家」の価値と意味を見つめ直した佐久間さんは、住む人に寄り添う、それが家の本来あるべき姿だとの思いをより強くしました。
施主とともに考え、思いを
一つに、本質を突き詰める
佐久間さんは大学の建築学科を卒業後、一級建築士の資格を取得。アメリカの実験都市Arcosanti(アーコサンティ)のワークショップに参加し、帰国後に郡山市で設計事務所を開きます。一般住宅や共同住宅、商業施設等の設計を手がける中、施工業者の技術力や現場の職人との意思の疎通、費用やアフターメンテナンスといった点で建築家としての限界を覚えた佐久間さんは、施工業者に必要な建設業許可も取得し、住宅や店舗の施工まで行うことに。さらに宅地建物取引業許可も取得し、土地も併せて施主に提案できる環境を整えました。
「どんな家をデザインし、つくるかを、施主と一緒にあれこれ考える時間が楽しい」と、佐久間さんはいいます。施主の希望する家の姿をベースに、佐久間さんが「住むこと」を楽しんでもらうための仕掛けを提案します。話し合いを重ねますが、そのとき、他から良く見られたいという思いや、セオリーに忠実にといった意識を持つのはNG。大切なのは「その家にあるべきものが何なのか、本質を突き詰めること」。話し合ううちに次第に最良のかたちが見えてきて、施主との間に一体感が生まれる。その過程こそ、佐久間さんが最も大切にしている時間です。
あるべき家のかたちを導く
「建築の翻訳者」で在りたい
佐久間さんが住宅デザインで大切にしているのは、人と自然、そして家の歴史も含めた時間です。住む人の気持ちに寄り添い、大切にしてきた樹木が敷地内にあればそれを最大限に生かし、ロケーションによっては、公園や街路樹なども住まいに取り込みます。震災後に手がけたあるリノベーションでは、あえて旧宅に使われていた古材や鉄骨の構造を活かした空間を設計し、新たな命を吹き込みました。「先人の暮らし方や地域との繋がりなど、昔は当たり前に行ってきたことに、今はあまりに無頓着になっているのでは」と佐久間さん。だからこそ、住む人が親や先祖を思い出したり、隣近所との絆が自然と生まれたりするような、そんな家づくりができたら、と話します。
最近の住宅デザインにおいては「和」もキーワードの1つ。和風という意味の「和」、つまり日本的な空間の仕掛け方とともに、数学的な「和」も意味します。無理や無駄はそぎ落とす反面、良いものは足していく。そこから生まれる多様性が、やがてその家の文化に繋がるのではないかとの思いを抱いています。
人と自然、過去も未来も織り込みながら、あるべき家のかたちを導く、「建築の翻訳者」で在りたいと語る佐久間さん。心を豊かに満たす家づくりの実践が、これからも続きます。
(文/畠山 久美)