成り行きで始めた小屋づくり
札幌市中心部から車で小一時間ほどのところにある長沼町。北海道らしい広大な畑の風景を抜けて、小高い丘を少し上ったところに、大工の中村直弘さんの自宅兼作業場があります。中村さんは長沼町をはじめ道内を中心に、住宅や店舗のリフォーム、什器や建具、看板や家具の製作等を手がけていますが、もう一つ得意としていることがあります。それが「小屋」づくりです。
岩見沢市に生まれた中村さんは、大学卒業後に上京してSEとして働いていましたが、30歳のときに大工を志すことを決めます。北海道へ戻って職業訓練校に入り、札幌市内の工務店で実務経験を積んだのち、独立して「yomogiya」として仕事を請け負うようになりました。
「小屋をつくるようになったのは、成り行きでした」と中村さんは笑います。最初に手がけた小屋的なものは自宅用の薪小屋でしたが、それからしばらくして町内にあるshandi nivas cafeのオーナーから、お店の物置小屋づくりの相談を受けます。「もともとお互いに古い物が好き。コストも抑えたかったので、いろんなところから2人で集めた廃材だけで物置を建てたんです。それが僕が薪小屋以外で初めてつくった小屋ですね」。
自宅の敷地内に建てた6帖の小屋
自宅の敷地内には、中村さんがひとりの時間を過ごすために建てた小屋があります。広さは6帖ほど。三角屋根にシックな木張り外壁、壁からは薪ストーブの煙突が伸びています。参考にしたのは、建築家の中村好文さんが手がける小屋。「トイレがあることや全体の素材感、それに薪ストーブがあるのも好文さんの小屋のイメージがベースになっていると思います」。
間取りや造作は、中村さんが思い描く理想の小屋時間が快適に過ごせるようにつくられています。ここで数日間暮らせることが前提だったため、食事をしっかりとつくれるよう、キッチンは小屋全体の面積に対して少し大きめにレイアウトしました。窓の外を眺めながら、普段どおりの感覚で調理や洗い物ができます。
また、小屋でくつろぐためには外と内をしっかりとゾーニングすることが必要と考え、玄関と決めた範囲に銅板を施工。「これなら玄関を最小限のスペースで屋内と区別できます。銅板なら水にも強いですし、いい感じに色が経年変化していく楽しみもあるので」と笑顔で話します。
生活感を出したくないという思いから、収納スペースのつくりも工夫しました。掛け布団などのかさばる物は、トイレとキッチンの背面棚の上に設けた小屋裏空間にまとめて収納。棚にはなるべく扉を付けて、生活感を消した気持ちのいい空間をつくり出しています。
リビングには、6帖の小屋で快適に寝泊まりするためのちょっとした仕掛けも隠されています。造りつけソファの脚元を引き出すと、すのこ状の台が出現。ソファのクッションがマットレス代わりになって、あっという間にベッドの完成です。これは、中村さんが考案したオリジナルの工夫。省スペースな手づくりソファベッドで、安眠も約束されています。
薪ストーブが、小屋時間をさらに豊かに
そして、この小屋の魅力をさらに高めているのが、玄関脇の小さな薪ストーブです。中村さんが選んだのは、イギリスのアウトドア用品メーカーANEVAY(アネヴェイ)社が販売しているFrontier Stove Plus(フロンティアストーブプラス)。これはキャンプ用の薪ストーブで、本体と組み立て式の煙突をまとめて持ち運べるように設計されています。
煙突は、メーカーにオーダーして取り寄せた二重煙突。最初は付属のシングルの煙突を使いましたが、断熱性能の低さから外のウッドデッキに木酢液が垂れ落ちて大変なことになったそう。壁沿いには、アルミフレームとスレート板を組み合わせて自作したL字型の炉壁を置いて小屋の内壁との間に空気層をつくり、暖房効率を向上させています。
「空間が小さいので、薪ストーブはこのサイズで十分に暖まります。薪もそんなに消費しないですし…」と話す中村さんは、機能だけでなく本体のデザインにも惹かれてこの機種を選んだといいます。
特に気に入っているのは、火が見えるガラス窓と扉に付いた木製のつまみ。「ここが木っていうのが、自分的にかなり重要で(笑)。薪ストーブはインテリアでもあるので、隅々まで気に入ったものを選びました。この仕様は少し値段が高かったんですが、こういうちょっとしたお気に入りポイントが、小屋での時間を豊かにすると思うんです」。
小屋は「憧れの暮らしを叶える居場所」
中村さんにとって小屋は「憧れの暮らしを叶える居場所」だといいます。ミニマムでシンプルな生活ができたらという思いがあっても、家族みんなで暮らす自宅で理想の空間をつくるのは難しいもの。「でも、ひとりの時間を心静かに味わうことだけが目的のこの小屋なら、お気に入りの物だけに囲まれたちょっと贅沢な空間をつくることができます」。
小屋の中を見回すと、トイレのドアには古い真鍮のドアノブが使われ、水のタンクやおじいさんの家の納屋で見つけたという古い鉄製のはしご(おじいさんの自作)、折りたたみ椅子などの古物がさりげなく置かれています。書棚にはお気に入りの本の数々。内装と薪ストーブが醸す優しさに包まれ、中村さんが好きな物、本当に置いておきたい物だけでつくられた空間は、ただいるだけでふっと笑顔になるような「豊かさ」に満ちています。
最近は家の敷地内に、離れとしてこのような小屋をつくってほしいという依頼も増えていて、お客さんの中には週末をほぼ小屋で過ごしている方もいるのだとか。
小さくて狭いからこそのプライベート感こもり感が生み出す心地よさが、小屋の魅力。そしてその愛すべき居場所が「遠くにある非日常」ではなく、日常の一部として目の前に存在していることが、中村さんの日々の潤いにつながっています。
(文/Replan編集部)
取材協力/yomogiya