今回、ご登場いただくのは北海道屈指の積雪寒冷地、旭川市を拠点に家づくりに取り組む(株)芦野組・代表取締役社長の芦野和範さん。住みよい家づくりの要となる「性能」について、さまざまなエピソードを交えて語っていただきました。
代表取締役社長
芦野 和範さん北海道遠軽町生まれ、東北工業大学土木工学科卒業。札幌市の土木会社勤務を経て、1985年に(株)芦野組に入社。一般社団法人新木造住宅技術研究協議会(新住協)やアース21などに加盟し、上川エリアの気候風土にマッチした家づくりに取り組んでいる
寒い冬も、暑い夏も
快適に過ごすために欠かせない4大要素
「快適な住まい」は、四季を通じてストレスのない室内環境をつくりだす断熱・気密・換気・暖房の四拍子が揃ってはじめて実現できます。
なかでも、建物を気候変化から守る「断熱」は、最も大切な要素。グラスウールやロックウールなどの高性能な断熱材で建物全体を魔法瓶のように包み込むことで、家の中は外気温の変化に影響されず、少ないエネルギーで快適な温度を保つことができます。部屋間の温度差によって発生するヒートショックのリスクも軽減します。断熱材は、冬の寒さだけではなく、夏の暑さも遮断するため、快適な夏の暮らしも実現できます。
こうした快適な室内環境を維持するために欠かせないのが「気密」です。どれほど手厚く断熱しても、気密性が確保されていなければ、高い断熱性能は実現できません。また湿気を含んだすきま風が壁の中に侵入することで、構造や断熱材が劣化し、本来の性能を発揮できなくなる恐れもあります。
適正な断熱と気密が施された室内は、密閉空間になります。暮らす人にも、建物にとっても健康的な室内環境を維持するため、3つ目のポイントである「換気」が不可欠です。私たちは室温や湿度を保ちながら、新鮮な空気を採り込む全熱タイプの熱交換換気システムをお勧めしています。
残念ながら旭川近郊では、どれほど断熱材を厚くしても無暖房住宅にはなりません。暖房には、家の中で気流を感じない輻射暖房のパネルヒーターをお勧めしています。
そのどれもがデザインのように目に見えるものではありませんから、私たちのもとへ新築相談に訪れるお客様の中でも、断熱や気密などの住宅性能を第一優先にと言われる方は多くありません。「芦野組の建てる家は性能が良いのが当たり前」と知った上で来てくれているのであれば、大変嬉しいことですね。
土地の気候風土に合う住まいを
追求して知った性能の大切さ
私が家づくりに取り組みはじめた35年前、旭川では新築から20年経たないうちに「寒いから」と家を建て替える人も多くいました。新築後に結露に悩まされるケースも多く、なぜそうなるのか、自分自身がもっと学ぶことが必要だと痛感しました。振り返ればすべてが手探り状態、北海道における寒冷地住宅の黎明期でした。
旭川は気温が夏に30度、冬になれば零下20度と、寒暖差が非常に大きい土地です。また、冬の日照率は低く、降雪量も多い。つまり、旭川の住まいは、寒さと雪から暮らしを守るものでなければなかったのです。そんな折、室蘭工業大学の鎌田紀彦教授が中心になって立ち上げた新住協の旭川支部が誕生。地域の仲間と学びを重ねることで、改めて旭川の冬を克服するには高断熱・高気密の実現、セントラル暖房の採用、換気の徹底が重要だと分かりました。そうした学びをもとに、現場に出てはさまざまな試みを行ってきました。
その一方で、寒冷地住宅の先進地である北米や北欧にも視察に出向き、冬に強い家づくりも学びました。しかし、欧米は同じ寒冷地であっても、日本に比べて湿度が極めて低く、結露ではなく過乾燥への対策が求められているという根本的な違いがありました。同じ北海道でも、地域によって気候風土が異なります。さまざまな経験を重ね、ひと口に高断熱・高気密の寒冷地住宅といっても、その土地ごとにふさわしいスペックや設備があることを実感。地域に根ざすことの大切さを学びました。
確かな性能がもたらす
スペックだけではない快適と自由
30年以上の試行錯誤の結果、次世代省エネ基準レベル住宅の半分以下のエネルギーで全室暖房の住まいを実現できる「Q1.0住宅」仕様も用意できるまでに、私たちの住まいづくりは進化しました。
高断熱・高気密の住まいは、温熱環境の向上のみならず、空間にも自由度を与えてくれます。例えば、屋根の断熱によって屋根なり天井を採用することが可能になり、ダイナミックで開放的な室内空間も実現できるようになりました。また、付加断熱でできた壁の厚みを利用し、開口部を室内側へ引き込むことで、窓周りに今までにない奥行きと陰影を与えることも可能になりました。空間性の追求よりも、熱損失の少ない小さな開口が良しとされていた寒冷地住宅黎明期を思い起こすと、住宅性能は格段に底上げされていると感じます。地域に合った性能の確保と併せて、住まう人の「らしさ」をどのように演出するのかも、冬が長い北の暮らしを快適にする大切な要素の一つになるのではないでしょうか。
また近年は、北海道でも夏の気温や湿度が高くなり、クーラーのある生活が当たり前になりつつあります。夏の暑さを遮る性能に加え、朝晩の冷涼な外気を採り込む高所排熱窓や日射を防ぐ深い軒、除湿効果のある素材などを採用することで、設備機械に頼らない夏の暮らしも実現できると考えています。北国で磨かれた断熱・気密の技術は、これからも見えないところで快適な暮らしを支え続けます。
Case.1 東川町・Bさん宅
音楽鑑賞を楽しむため、音の反響を考えたリブ形状の天井や防音率を高めた漆喰の塗り壁など、素材や空間の広がりに細かく工夫を凝らした住まいです。優れた断熱・気密・換気性能のおかげで、このような住まい手の「らしさ」も実現することができます。
Case.2 旭川市・Sさん宅
緑道沿いに建つ片流れ屋根が印象的な平屋。LDKは屋根なりの吹き抜け天井とウッドデッキへつながる南に面した大きな窓が、心地よい開放感をもたらします。高断熱仕様と大開口からの日射取得で冬は暖かく、夏はウッドデッキの屋根と庭先の木々が日射を適度に遮り、室内を涼しく保ちます。
Case.3 東神楽町・Nさん宅
道産スギ板の木材を縦横に張り分けたL字の外観が印象的な平屋住宅です。大迫力の音と映像を楽しめるシアタールームも、防音や部屋の形状を綿密に計画することで実現。畜産農家として忙しく働くお施主さんが、豊かな室内空間と薪ストーブの炎に癒やされる住まいとなりました。