そうした従来の概念を根本的に揺り動かしているのが、ヒートポンプです。エアコンがその代表で、1の電気から6倍の熱が出てくるなどという話を聞かれたことがあると思います。なぜこんな、不思議な(インチキくさい?)ことが起こるのでしょうか。この「ヒートポンプ・マジック」を理解するには、エネルギーの量だけでなく「質」を考える必要があります。図12をご覧ください。
このエネルギーの質の問題を、リンゴジュースにたとえてみましょう。「生のりんご」を、石炭や石油・天然ガスなどの燃料だと思ってください。これを燃やせば数百度という「かなり質が高い熱」を取り出せます。これを絞ったのがりんごの「生ジュース」。元のりんごより濃厚な味が楽しめますが、残った搾りかすを捨てないといけません。これと同じように、発電の際には燃料エネルギーの40%程度しか電気に変換することができず、後の絞りカスの60%の熱は海にただ捨てています。
つまり電気は、元の燃料から「美味しい」部分だけをギュッと集めたエッセンスといえます。電気なら数千度という超高温も作れることは、「非常に質が高い」エネルギーである証拠です。エネルギーや熱の質は、言い換えれば「有り難さ」の度合いです。低温の熱はそこら辺にゴロゴロしていますが、高温の熱はなかなか見つからない「有り難い」ものです。熱力学の法則においては、ゴロゴロしてありふれたものは「質が低い」、有り難いものは「質が高い」として扱われます。
ヒートポンプーー省エネの極意は「必要最低限」の温度
次に、建物の中での用途をジューススタンドのお客に例えてみましょう。「家電」や「照明」といった用途は、質の高いエネルギーだけを求める「うるさい客」なので、「濃い生ジュース」ならぬ「生電気」を出さないと文句が来てしまいます。
一方で「給湯」は熱がたくさん必要ですが、たかだか40℃(=313K)程度のお湯しか求めていない、「味にこだわらないガブ飲み客」です。よって、水で「適当に薄めたジュース」をたくさん出しておけば十分ということになります。「暖房」にいたってはたかだか20℃(=293K)程度の熱しか必要ないのですから、「喉さえ潤えば何でもいい客」にすぎません。よって、「できるだけ薄めたジュース」で適当にあしらっておけばよいのです。
この「水で薄める」という部分がまさにヒートポンプの仕事といえます。つまり空気の熱(水)で電気エネルギー(濃い生ジュース)を薄めているのです。必要に応じて最低限の温度(薄さ)の熱エネルギー(ジュース)を自由自在に作り出す要領の良さこそ、ヒートポンプ・マジックの「タネ」といえるでしょう。
本物のジューススタンドでこんなことをやったら大顰蹙を買いますが、エネルギーの問題となれば話は別です。用途に応じて必要最低限の質の熱で済ませることが、無駄を強力にカットする秘訣なのです。逆に「ガス・石油で給湯・暖房」することは「貴重なりんごを大盤振る舞い」すること、「電気生焚で給湯・暖房」することは「もっと貴重な濃い生ジュースを大盤振る舞い」することです。電気生焚が早々に根絶されなければならない理由は、まさにここにあります。
繰り返しますが、ヒートポンプは決して魔法ではありません。効率よく使うためには、「必要最低限度の低温」で用を足すことが不可欠です。このため、暖房方式も低温で快適な温熱環境をつくれるように設計することが肝心です。エアコンは空気を直接加熱する対流式であり、風量を調整することで必要温度を低く抑えられるので、低温暖房にはもっとも適しています。またヒートポンプ温水器に温水パネルなどの放射式を組み合わせる場合も、石油ボイラーのような高温温水を前提に設計してはヒートポンプ・マジックがうまく働きません。低温の温水ですむよう、放射パネルを多めに分散配置するなど、工夫が必要です。
今回は、暖房の歴史を振り返りながら、対流と放射の関係、そしてエネルギーの質を考えることで、快適で省エネな暖房のあるべき姿について考えてみました。日頃何気なく使っている暖房も、科学の目から見直すと意外な面が見えてきます。快適で省エネな温熱は、日々の健康で生産的な生活に欠かせません。今一度、家族が幸せに暮らせる暖房、そしてその大前提となる断熱・気密について見直されてはいかがでしょうか。
※次回のテーマは「太陽エネルギー活用。そのファイナルアンサーは?」です。
【バックナンバー】
vol.001/断熱・気密の次の注目ポイント!蓄熱大研究
vol.002/暖房の歴史と科学