毛がないサルが手に入れた最高の毛皮
図9に示すように活動量が違っても、着衣量を調整することで、個人個人で着衣表面温度(=放熱量)を制御することが可能なのです。着衣は個人の熱バランスを容易に調整できる、非常に重要な必須アイテムなのです。

個人の温熱感や活動の違いに応じて、もう一枚羽織る・脱ぐのひと手間をかけることで、みんなが熱バランスをとることができ快適に過ごすことが可能となります。建築や暖房設備はベースの環境をつくるものとして、やはり最後は個人の調整が必要になりそうです。
体毛が極端に少ない人類はよく、毛のないサルといわれます。それが10万年前にアフリカ大陸を出て世界へ広がっていく過程の中で、建築とともに衣類を発明したことで、世界中の気候に対応することができるようになったのです。たいがいの動物は毛皮で守られていますが、瞬時に着たり脱いだりはできません。人類の衣類は、まさに「最高の毛皮」といえるでしょう。
過度に低い室温が健康を害することが明らかになってきている現在、建物や設備により室温をある程度以上に維持することは絶対に必要です。一方で、建築や設備のチカラだけで「究極の温熱環境」ができるという期待も、いささか度が過ぎているように思われます。建物はしっかりと断熱・気密を確保した上で、着衣を含めた個人の調整手段も上手に使い、家族みんなが楽しく気持ちよく集える空間をつくっていきたいものですね。
局所の不快を解決して上質の温熱環境を
前述のとおり、PMVは体全体の熱バランスから温熱感を推定しています。一方で、人は体のどこかに不快があるとそれが気になってしまい、体全体の熱バランスがとれていたとしても快適には感じられません。
温熱感に関する国際規格ISO7730では、こうした局所の不快として、気流感・床温度・放射不均質・上下温度差を上げています(図10)。筆者はさまざまな物件で計測する中で、日本の低断熱・低気密住宅においては、上下温度差が大きいことが一番の局所不快であると感じています。ISOではこの上下温度差について、頭とくるぶしの温度差をできれば2℃以内、大きくても4℃以内とすることを推奨しています。

体全体の熱バランスをとることは快適な温熱環境の必須条件ですが、それ以外にも局所の不快が残っていると気になって快適に過ごすことができません。特に日本の住宅は断熱・気密の不足から上下温度差がつきやすい傾向があります。足元の寒さは日常生活でよく不快に感じられます。
図11に示すように、低断熱・低気密の住宅を高温暖房で無理やり温めようとすると、暖気が上部から流出する一方で冷気が下から侵入し、足元の温度は低いままとなってしまいます。低断熱・低気密を暖房でごまかそうとしても、その綻びは「足元からバレル」といえるでしょう。

低断熱・低気密住宅を高温暖房で無理やり温めようとしても、家の一部では体全体の熱バランスがとれるかもしれませんが、上下温度差などは解消することができません。
次のページ PMVゼロは当たり前 上下温度差を見逃すな